5.姉妹

 翌日土曜の新城駅前。

 戦前に建てられた大きな時計台の下で、深津はアゲハと彼女の妹の到着を待っていた。

 隣のアゲハを窺うと、彼女は緊張しているようにも見える。

 今日の彼女は黒いシャツにスキニージーンズにハイヒールのサンダル。そうしていると同じくらいの背になるアゲハはやはり目立つ。

 ダンサーとしても店では既に中堅所、向上心のある彼女は同位置には留まらず、これからも変容し続けるであろう将来性を感じる。と、まるで自分が店長の立場であるようなことを思い巡らせているのに気づいて深津は笑った。自分は店長ではなく、その振りをすればいいだけだった。勝手になり切っていた自分を俯瞰すれば、少々間抜けにも見えないこともなかった。

 再度隣を窺うと、ちょうどこちらを見たアゲハと目が合う。

 彼女は「遅いな、あの子」と呟いた後に言葉を続けた。


「怜、あのさ、今日は来てくれてありがとう」

「え? ありがとうって俺まだ何もしてないけど。やるのはこれからでその言葉には早いと思うけど」

「ううん、もしかして来てくれないかもって思ってたから。待ち合わせ場所にいたのを見た時はほっとした。だからありがとう」

「何か俺……褒められてるようで軽くディスられてない? 約束も守らない最低男みたいに」

「うん、実は今日姿を見るまでは心の端でそう思ってた」

「俺、マジで信用なかったみたいだな……でもまぁ自分でも一点の曇りもなくそうじゃないと言い切れないところはある」

「何よ、それじゃ私がそう思ってたのも間違ってなかったんじゃない」

 戯けながら答えると、アゲハがようやく笑みを見せる。

 緊張は悪いことではないが、嘘の場面ではできればない方がいい。


「あっ、やっと来たみたい。ねぇ、ここからは怜のこと店長か、深津さんって呼ぶね」

「ああ、分かった」

 アゲハの視線を追えば、こちらに歩み寄る少女の姿がある。

 背が高く、すらりとしているのはアゲハに似ていると深津は思った。顔貌も似ている方だがクールビューティなアゲハと違い、こちらはまだ可愛らしいと表現する方がしっくりくる。

「可奈」

「久しぶり、お姉ちゃん。今年のお正月以来だね」

「そうだね、元気だった?」

「元気だよ。元気すぎてお姉ちゃん的には残念に思うかもしれないけど」

「残念なんて思ってないよ。でもそういうところ、相変わらずだね」

「そう? ごめんね、性格悪くて」

「私、そんなこと言ってないと思うけど」

「だって今からそう言うんじゃないかなぁと思って。だから先に言っておいた」

 二人から少し離れた背後で、深津は無言でいた。

 顔を合わせて一分も経ってないはずだが、彼女達の周囲には既に緊迫感が充満している。

 その雰囲気に圧されそうだったが、このままでいては事が進まない。深津は無理に笑顔を作るとアゲハの妹、片平可奈に歩み寄った。

「どうも、こんちは。深津です」

「こんにちは。あなたがお姉ちゃんの店の店長さん……?」

「そうです」

「ふーん、もっとおじさんかと思ってたけど結構若い人なんだね。うん、まあまあのイケメンだけど、やっぱ想像通り軽そうな感じ」


 深津は届いた言葉を軽く聞き流した。

 今の姉との会話の後ならこれくらいは覚悟済みで、それにこの程度の言葉なら残念ながら言われ慣れてもいる。

「えーっと、お姉さんのことで何か訊きたいんだって? 俺は訊かれれば何でも答えるけど、ここで立ち話もなんだね。移動しようか」

「あっ、それなら私、ミカドカフェに行きたい! 私の田舎にはないから一度行ってみたかったんだー」

「了解、それじゃ行こうか」

 促して歩き出すと可奈は隣で笑顔を見せる。希望の場所に行けることで一定の機嫌は取り戻したようだった。

 背後のアゲハを窺うと、彼女は妹とは逆に不機嫌そうに黙り込んでいる。

 じきにこの街で一番流行のカフェには到着するが、窓から臨める景色を興味深げに眺める可奈とは違って、アゲハの様子は相変わらずだった。


「それで何を訊きたい?」

「えっと、その前に店長さんのこと、どう呼んだらいい?」

「え?」

「深津君? それともまだ訊いてないけど、下の名前で呼んだ方がいいのかな?」

「可奈、それちょっと失礼じゃない? 仮にも彼は私の上司なんだから」

「えー、これっくらい別に構わないでしょ? 深津君もそれでいいよね、って、あっ、もう深津君って呼んじゃったから、これにしちゃおうかな?」

「可奈!」

「あー、もう、お姉ちゃんはホントに短気だなぁ。お正月に帰ってきた時もそうだったよね? 私がちょっとからかったら、すぐに大きな声を出すんだから」

「それは可奈が私に絡んでばかりくるからよ」

「まぁまぁ、二人とも少し落ち着いて。俺のことならどう呼んでもいいから、姉妹喧嘩はやめようよ」

 深津は間に入ってどうにか場を収めるが、険悪な雰囲気は依然継続中だった。

 これはもう早めにやることを終えて撤収した方が、この二人の今後のためにもいいかもしれなかった。

「とにかく質問をどうぞ」

 深津はもう一度声をかけるが、途端可奈は慌てたような素振りを見せる。

 しばらく考え込んだ後に口を開いたが、並んだ言葉は姉の勤務態度や店での評判、人気があるのかどうかなど。

 深津が事前に示し合わせた答えで対処すると、妹はただ黙って聞いていた。それらを聞き終えると彼女は次に店の雰囲気を取って付けたように訊ねたが、その後はもう質問もなくなったのか黙り込んでいた。


「何? 訊きたいことはもうないの? わざわざ訪ねて来たのに」

「うるさいな、そうやってお姉ちゃんに傍にいられたら、訊きたいことも訊けないよ」

「じゃ、私がいなくなったら、もっと色んなことが訊ける訳?」

「もういい! お姉ちゃんのことは大体分かったから、次は観光したい。どっか連れてって」

「はぁ? 可奈、何言ってるの?」

「お姉ちゃんには言ってないよ、深津君に言ったんだよ!」

 その言葉の後に二つの視線が刺さる。

 一つは縋るような目、もう一つは氷のように冷たい目。

 だが後者のアゲハの視線は不意に逸らされ、彼女は諦めの気配を放つ。

 匙を投げたと言わんばかりだったが、こちらも同様の態度を取る訳にもいかなかった。

「ねぇ深津君、どこか楽しい所に連れてってよ」

 ここで拒絶するか、もしくは覚悟を決めなければならない。その瀬戸際に立っている。

「私をこんな知らない場所に放り出したりなんかしないよね? 深津君」

 届いた言葉を拒否できない自分は、今後も振り回され続けるのを承諾したも同じだと深津は思った。

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