3.取引

「アゲハの事情は分かったよ。だけどどうしてその話が俺と会う話になるんだ?」

「妹には来るなって断固拒否をしてもよかったけど、それで納得するような子じゃない。不本意だけど要求を呑むことにしたんだけど、ちょっと諸々事情があって、怜には店長の振りをして妹に会ってほしい」

「振りって、本物の店長はどうしたんだ?」

「店長とは普段からうまくいってるからこの事情を話したら、こんな話なのに快諾もしてくれた。だけど今日急に店長の奥さんが産気づいちゃって、それどころじゃなくなっちゃったんだよね。待ち焦がれてた第一子だし、こっちを優先しろなんてもちろんあり得ない。それで他の人に頼むしかなくなったんだけど、どうせ別の人にならと思って」

「俺って訳か」

「藍野君も少し考えた。彼は何を頼んでも引き受けてくれそうだけど、真面目すぎて変な失敗をしそうでやめた。それに水商売をやってそうにも見えなかったしね。で、最終的に怜にした」

 そうやって行きついた結論に恐らく間違いはない。

 身近な代役適任者を彼女は導き出したと深津は思うが、自分がそれを引き受けるかと言えば笑顔の了承は戻せなかった。


「あ、そう。ご指名ありがとう」

「何よその顔、もしかしてやりたくない?」

「どっちかと言えば」

「あのさ、怜は雨夜でも困り事とかの依頼を時々引き受けてるんだよね? それと同じと思えばいいんじゃない? もちろん私から依頼料も出すし」

「金はともかく家族間のごちゃごちゃがありそうなことは、あまり引き受けたくない」

「そう、冷たいんだね」

「冷たいかもな」

「だったら私も怜に冷たくする。今度雨夜に行った時、清菜ちゃんのいる所でしれないけど、あくまでもうっかりだから」

「ちょ、ちょっと待て、あの時は何もなかったろ?」

「引き受けてくれたら、私は絶対うっかりしないよ。あの夜のこともきれいさっぱり忘れてあげてもいい。ねぇ怜、私にどうしてほしい?」

 深津は肩を落とした。

 どうしてほしいとアゲハは問うが、与えられた選択権はあるようでない。

 清菜の前でバラされたからどうだとも言えるが、彼女には自分のそういったふらついた面を知られたくないという些か身勝手な思いもどこかにある。


「……分かったよ、やるよ。それで俺は今後どうすればいいんだ?」

「妹とは明日の正午に、新城しんじょう駅で待ち合わせしてる。彼女が来る前に大体の打ち合わせはするけど、何を訊かれても適当に話を合わせてくれればいいから。多少なら違うことを言っても分からないだろうし。妹の名前は片平かたひら可奈かな。ちなみに私の本名は片平百合ゆり。怜には言ってなかったよね。今回のことには関係ないけど、一応伝えとく」

「へぇ、本名教えてくれるんだ」

「別に減るものでもないしね。それと怜……この話を引き受けてくれてありがとう。脅して引き受けさせたのは確かだけど、それに関してはごめんね」

「分かってるならやってから言うなよ」

「でも怜に来てほしかったっていうのもある」

「え?」

「あ、ごめん、今のはやっぱりなし。それじゃ怜、私行くね。ここの支払いは怜の分も済ませておくから。じゃ、明日待ってる」

 席を立ったアゲハは急くように店を出ていってしまった。

 近くの席からは若者の楽しげな笑いが再び響くが、そろそろ夕食の客も増え始めた店内は別の様相を装い始めてもいる。

 深津は手元のコーヒーを飲み干すと、背に貼りつく過去の残滓を引き摺りながらその場を後にした。

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