2.アゲハ

 ――朝から晩まで仲間と意味もなく、時間を過ごしていた。

 そんな自分を省みることもしなければ、この先も続くであろう将来を考えることもない。

 親から何も与えられず、何かを手に入れようと思えば略奪のような形を取るしかなかった。

 子供の頃から居場所がどこであるか感じられず、身の置き場のない自分がようやく手に入れたのが悪い仲間と馬鹿騒ぎする日々だった。


 十四の頃にはとっくに学校に行かなくなっていた。

 十七の時に飲んだくれの父親が川に落ちて事故死した時も、何の感情も発生しなかった。

 灯りにたむろう虫のようにファミレスやコンビニ前で馬鹿な仲間と馬鹿な時を過ごして、しかしそうしながらも、いつか孤独に野垂れ死ぬ未来をぼんやり予感していた。

 でも自分に訪れたのがそのままの未来だったら、本当によかったかもしれない。

 誰かを巻き込むことなく、一人孤独に死ねたのなら……。




******




「ねぇ、聞いてる?」

 その声で深津は我に返った。

 夕方五時過ぎのファミレス。

 テーブルを挟んだ向こうには、怪訝な表情のアゲハがいる。夕食にはまだ早い時間で客は少ないが、近くの席に若者数人の賑やかなグループがいる。

「ああ、悪い。何だっけ?」

 グラスの水を一口飲んで、深津は相手に目を向けた。

 この後仕事の予定だと言うアゲハは、既に濃いメイクをしていた。強めのアイラインにつけまつげ。元々端整な顔立ちの美人だが、そうしているとより目を惹く。

 テーブルの上には様々な料理が並んでいる、と言うより

 スパゲティやハンバーグにカレー、ケーキにアイスクリーム。それら全てをアゲハが自分を待つ間に一人で平らげていた。

 スリムな身体の一体どこにそれらがしまわれるのか深津は毎度疑問に思うが、ダンサーという仕事はそれだけ重労働だと思うこともできる。

 その時、若者達のいるテーブルから大きな笑い声が届いた。

 もしかしたらこの大人数分を思わせる料理と久しく忘れていた賑やかな様相が、あの過去を思い出させたのかもしれなかった。


「どうしたの、怜。もしかしてどこか具合悪い?」

「いや、何でもない、大丈夫だ。で何だっけ」

 答えてもう一度訊き直すと、気を取り直したアゲハが再度の言葉を言い伝えた。

「あのさ、明日、私の妹と会ってくれない?」

「は? 随分いきなりな話だな。どうして俺がアゲハの妹に?」

「あ、ごめん、そうだよね。そこから言っても何が何だか分からないよね。どうしてそうなったかは今から話すけど、少し長くなるからその前にコーヒー取ってくる。怜もいる?」

「ああ、頼む」

 立ち上がったアゲハはドリンクバーで二人分のコーヒーを調達すると、再び席に着いた。薄目のコーヒーにミルクをたっぷり注いだ彼女は、とりあえずと言ってまず自身のことを語り始めた。

 この街から電車で二時間ほどの場所にある近県の出身。

 家族構成は父と母と兄と妹と、自分を入れて五人。

 高校卒業後、以前から夢だったポールダンサーになるためにこの街にやって来た。

 昔から仲のいい四つ上の兄は、その目標を話した時点から応援してくれていた。両親は最初反対しかしていなかったが、五年経った今では母は理解してくれている。父も半分諦めながらも、半分は理解し始めてくれている。


「それで妹なんだけど、私より六つ下で今高校二年生」

「へぇ」

「その妹がどうしてか知らないけど、突然私の勤め先を見たいって言ってきた。でも嫌だから断ったら、今度は店長に会わせろって言ってきた。妹が言うには私が働いてるところを見せないんだったら、自分で直接身近な人に訊いて確かめるから会わせろって」

「ふーん、なぜ妹はそこまでしてアゲハが働いてるところを見たいんだ?」

「馬鹿にしたいんだよ。もしくは見下したいのか」

「え?」

「大体おかしいでしょ? いきなり職場を見たいとか、店長に会いたいとか。普通に考えたらそんなのが通る訳ないって分かるはずなんだけど、妹は昔から世の中が自分中心に廻ってると思ってるんだよね。十も歳が離れてるから兄は妹をずっと甘やかしてたし、父も末っ子だからってわがままさせ放題だった。同じくらいの歳だけど、自立しててしっかりしてる清菜ちゃんとは全然違うよ。妹は放っておいたらすぐ何でもかんでも人のせいにするし、だけど言うことだけは一丁前。昔から仲はいい方じゃなかった。喩えれば反発し合う磁石みたいなものだよ。でも今はこうやって離れて暮らしてるから、何とかなってた気もする」

 些か辛辣な言葉が並ぶが、深津はこれでも抑えて言っている方ではないかと思った。

 今語られたこの話から、とりあえずアゲハと妹があまりうまくいってない姉妹であるというのは分かった。

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