2.相談
『どうもどうも、深津さん。ご機嫌どうです?』
電話に出れば耳元には、『死神男』新木戸の声が届く。
なぜ彼はいつもこんなにもご機嫌なんだろうと、深津は毎度疑問に思う。でもそれは多分自分の嫌そうな声が聞けるからなのだろうと思う。
「何用だ?」
『はぁ……相変わらずの素っ気なさすぎる返し。けれどそれが深津さんのいいところであり悪いところなのですよねぇ。表現を変えればアレですよ。好きな子にどうしても意地悪してしまう男の子の心境のようなものでしょうか』
「用はないのか?」
『まったく毎度せっかちな人ですねぇ。はい、じゃあご要望にお応えして用件を言いますよ。深津さん、今から私の部屋に来てください。待ってます、じゃ』
相手はそう告げて電話を切った。
これから指定された場所に向かえば三時は過ぎる。他に予定はないが喜んで行きたい場所でもない。向こうの命令は元より拒めないが、未だに毎回気が重くなる自分にも辟易する。
「あの、深津さん」
その声に振り返れば清菜が立っていた。仕事に行くのか、店はもう出てきたようだった。
「清菜、行くのか?」
「はい。でも深津さん……その前に少しいいですか?」
「ああ、構わない。どうした?」
「あの……私、これからグラビアの撮影なんです。でも……それがいつもの撮影とは少し違ってて、事務所の方からは多少覚悟はしてほしいって言われてるんです……あ、でも裸とか、そういうんじゃ全然ないんですよ……あの、すみません……何だかこれじゃ何が言いたいのか全く伝わってませんよね……えっと、深津さんは
「ああ、知ってるよ。モノクロの人物写真で有名な人だろ? 女癖が悪いのと、作品が時に扇情的すぎて物議を醸すのでも有名だ。ええっと、もしかして今日の撮影はその宮永なのか?」
「……はい」
明るく振る舞いながらも、今日はどこか緊張した雰囲気だった理由がこれで分かった。いくらグラビアモデルとして多少経験を重ねていても、そういった評判の写真家との撮影を不安に思うのは間違ってない。
しかし写真家宮永瑛旬は悪評もあるが被写体が後に名を馳せることも多く、先見の明があるとも言われている。そう考えれば清菜にとってこれは大きな転換点となる可能性もある。
確かに心配は残る。深津としても彼女の不安に乗じてしまうのは簡単だった。
でもそうしてしまえば自分の思いは伝わるが、それが彼女のためになるかと言えばそうは思えない。自分はできない方の人間あるが、今感じていることぐらいは伝えられる。未だ迷いの表情を残す相手に深津は向き直った。
「清菜は俺にどうしてほしいんだ?」
「えっ?」
「やめちまえそんな仕事って言ってほしいか? 不安に思うのは分かる。俺だってもちろん心配だ。でも俺が言えるのは、清菜がこの仕事に対してどんな決断をしても、清菜が選んだことなら俺はそれが正しいと信じるし、その決断に誰が文句を言っても絶対清菜の側に着く。だけどもし万が一、その決断の結果が失敗としか言えないものになったら、愚痴だろうが悪口だろうが何だろうが、俺は一晩中でも清菜の話を聞いてやるよ」
「えっ? あの、一晩中……ですか?」
「え? まずそこに反応する? まぁ一応そうは言ったけど、それ変な意味じゃなく一つの喩えだから喩え」
軽く笑いながら続けると清菜はしばらく考え込んでいたが、先程とは違った表情で顔を上げた。
「そうですね。全部私のことなんだから、私自身がもっとちゃんとしなきゃいけないですよね。私……やってみます。深津さんが一晩中話を聞いてくれるっていうのには心惹かれますけど、できるだけそうならないように頑張ってみます」
清菜は宣言するように言い伝えると、いつもの元気な様子を取り戻して仕事に出かけていった。
深津はその背が見えなくなるまで見送ると店に戻り、席には座らずに昼食代をカウンターに置いた。
「実夜、藍野、悪い。野暮用ができた。これ、俺の分」
再び店を出ると、再度憂鬱さが足を重くする。
辟易するそれを背後に押しやって、深津はうだる暑さの中を歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます