10.三文芝居

 近くのコンビニで手頃な大きさの段ボール箱を貰うと、再び立ち寄った公園のごみ箱を漁る。

 運よく汚れたバスタオルを発見した後はそれを水で湿らし、幾つかのゴミをくるんで適度な重さにして段ボール箱に入れる。

 角張った石を拾い上げ、掌を傷つければすぐさま血が滲む。それを箱や湿ったタオルになすりつけて最後の仕上げを済ますと、深津は日も暮れた道を歩いて太田家に向かった。

 到着し、呼び鈴を鳴らして、玄関先であの二人が出てくるのを待つ。

 不機嫌男と高慢女を顔を出したのを確認した深津は、消沈した悲壮な表情を作り上げた。


「すみません! こんなことになって……」

「いきなり何だ?」

「どうしたのよ、急に……」

 持参した段ボール箱を手に深津は頭を下げた。

 突然の謝罪と展開に二人は困惑を隠せないようだったが、よりこちらのペースに乗せてしまわなければこの企みは成功しない。

「猫は見つけましたが、既に亡くなってました……可哀想に車に轢かれたようです……でも俺がすぐに見つけなかったからこうなってしまったんですよね? 猛省してます……けれど亡骸は持ってきました……この猫はお二人のお祖母さんの大事な猫なんですよね? だからこうやって」

「な、何だって? その箱の中に死骸が?」

 深津が並べた嘘に晴彦は驚愕の声を上げる。うろたえる相手にそのまま手にした箱をぐいぐい押しつけると、思った通りの拒絶が戻る。彼に押し返された後は、今度はそれを京子の方に押しつけた。

「どうか蓋を開けて、手の一つも合わせてあげてください」

「い、いやよ! どうして私が!」

 彼女は晴彦以上に苛烈な拒否を返す。

 深津は二人の態度を見取ると、地面に箱を置き、膝をついた。

 恭しく箱を扱うその様を凝視する彼らを見上げると、そこには不安と不快さしか浮かんでいなかった。


「それじゃ今から俺が開けます。いいですか?」

「こ、ここでその箱を開ける? や、やめろ! 俺の家の前で開けるんじゃない! も、もういい! 死んだものは仕方がない! 車は別の方法で手に入れるから、ソレはお前が持ち帰ってくれ!」

「え? でもお二人の大事な猫ですよ」

「大事は大事だけど、本当に大事なのは車の方よ! て言うか、兄さん。別の方法で車を手に入れるって、もう自分のものにした気にでもなってるの?」

「あのな、最初っからあの車は俺のものだ。いつまで寝言を言ってるんだ? お前」

「はあ? いつそんな決定をしたのよ! 勝手なこと言わないで!」

「勝手なことを言ってるのはお前だ! バカ女」

「何よ! バカ兄!」

 再び二人は言い争いを始めている。

 深津は箱を拾い上げると、二人に背を向けて家を後にした。

 彼らが箱の中身を確認しないのは賭けだったが、自信はあった。

 自分の一連の行動が正しかったのか、正しくなかったかは今でも分からないが、後悔はなかった。

 深津は戻った公園のごみ箱に段ボールと中身を捨てると、少女とリリがいたベンチを見遣った。少なくとも猫の幸せを望んだ祖母さんの思いには近づけたかもしれない。できればそうあればいいと願いながら、家路についた。

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