6.真相

「ねぇ猫は連れてきた、って、何よ! あんた手ぶらじゃない! あいつに会って一体何してきたのよ!」

 歩み寄ると、ベンチから立ち上がった京子が間髪入れず言い放ってくる。

 全てを放り出して立ち去りたくもなったが、深津はその感情を抑えると彼女の前に立った。

「今、太田晴彦には会ってきた。でも話にならなかった。詳細を語る前に訊くが、あんた俺に言ってないことがあるだろ? あいつは本当に元彼か? 猫は本当にあんたの飼い猫か? て言うか、猫なんか本当にいるのか? あんたがこの質問に答えないなら、俺はここで帰らせてもらうよ、ハルナ、じゃなくてきょーこさん」

「いやだ! その名前で呼ばないでよ! 昔から大っ嫌いなの!」

「事前にもっと話を聞かなかった俺も悪い。だけど本当のことを言わなかったあんたも今は分が悪いよな? なぁ、俺にはどれだけでも時間があるから、どれだけでも話でも聞いてやるよ。ほら、話せ」


 隙も与えず畳み掛けると、相手はもう一度腰を下ろして口を噤む。

 膠着状態が続いたが、深津が隣に座ると彼女は顔を上げた。

「わ、分かったわよ。嘘ついたのは謝るわよ。でもあんたが……」

「でもはいい。ほら、話せ」

「分かったわよ……まず私の本名は太田京子。あいつ、太田晴彦は元彼じゃなくて、私の四つ上の兄。実は一週間前、父方の祖母が死んで、私と兄は……」

「ちょっと待ってくれ、その話は今の猫の件とどこかで繋がる話なんだよな?」

「繋がるのよ! だから今は邪魔しないで黙って聞いてて! って、えーっと、どこまで話したっけ……? えっと、つまり、死んだ私達の祖母は生粋のお嬢様で、昔から貴重な品々を集めてたコレクターでもあったの。特に彼女が二十代の時に手に入れて大事に乗り続けてた年代物のジャガー。その車を私達兄妹はずっと前から狙ってた。乗ればもちろんかっこいい車だし、換金すればかなりの額になるのも魅力だった。そしてついに祖母が亡くなって、私達は車の行方に注目してた訳だけど、遺言でジャガーは彼女が死ぬまで可愛がってた猫を大事にしてくれる人が譲り受けられることになってた。だから私は祖母の葬式が終わった直後に、バカ兄を出し抜いて猫を引き取った。それで来週にも車の所有権を貰えるはずだったんだけど、その前にあのバカ兄が猫をこっそり奪い取ったのよ!」


 語り終えた彼女は当時を思い出したのか、今にも地団駄を踏みそうな勢いだった。

 話は複雑なようで簡単だった。

 要は遺産を巡る兄妹喧嘩。それぞれの事情があることもとりあえず理解できたが、その話はそっちで勝手にやればいいことで、全くの他人を巻き込む類のものでは決してない。


「なぁ、俺が言うのも何だけど、そういうのって内輪で枕の取り合いみたいにするんじゃなくて、弁護士とか、然るべき人に任せる話なんじゃないのか?」

「そんなこと分かってるわよ! 私だってそうしたいのはやまやまだけど、成金バカ兄と違って私にはお金がないのよ! だから協力してくれる人を捜していろんな人に声をかけたけど、反応してくれたのがあのウエハラって子だけだったのよ! まったく!」

 筋違いな怒りを撒き散らす相手を横目に、深津は溜息をついた。

 知ってしまえば「勝手にやれ」と言い放って、場を去っていい話であるのは間違いない。

 だがこんな相手と関わってしまった清菜は運が悪かったとしか言えず、自らここまで足を踏み入れてしまった自分はもしかしたら自業自得なのかもしれなかった。


「じゃ、猫はいるんだな」

「いるわよ」

「それじゃ、猫の名前は何だ?」

「えっーと……ララだかナナだか……確か同じ言葉が連続する名前だった

「あのな、部外者の俺が言うことでもないが、あんたらの祖母さんは猫を大事にしてくれる人に車を譲るって遺言したんじゃなかったか?」

「何よ! 人聞き悪いわね! 確かに名前はうろ覚えだけど、大事にはしてたわよ! 餌はちゃんとあげてたし、ケージには入れっぱなしだったけど時々構ってあげてたわよ!」

「……それに言いたいことがないでもないが、まぁいい……猫を取り戻せばいいっていう当初の目的は変わらないんだな?」

「そうよ」

「それじゃ事情も分かったことだし、もう一度晴彦の家に行くか。だけど今度はあんたも来るんだ」

「えっ? 何でよ?」

「猫を大事にしてるって言うなら、自分で兄貴にそうアピールするんだな。心配するな。俺はあんたの隣で味方をしてやるから」

「ねぇ、それ本当だよね……? 行ったはいいけど途中で私を置いて逃げ出すんじゃないでしょうね……?」

「それこそ人聞き悪いな、少しは俺を信用しろ。俺は傍であんたの十年来のファンのように寄り添ってやるから。ほら、だから立て。さっさと行くぞ」

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