第6話 最後の夏休みが始まる

「ねぇねぇ希空」

「んー?」

「最近、三神君と話してるのよく見るけど仲良いの?」

「うーん。仲良いのかな・・・?」

「えー」


今日は、一学期の終業式だ。

明日からは、夏休みが始まる。

受験生である私たちは、夏休みは遊んでいる暇は全くないのだ。

だけど、私はそうではない。

進学して大学にというのもないし、高卒で就職というのもない。

まあ入院生活だろう。

良くて最初の2年くらいは通院かな。


「でも三神君ってなんか謎だよね」

「そう?」

「だって普段目立たないのに、頭も良いし帰宅部なのにバスケも上手い」

「確かにそうかもね」

「希空ってもしかしてミステリアスな人が好きなの?」

「んー。分かんない」

「そっかー」


友だちと話していると終業式も終わり、教室に戻る。

校長先生の話ってこんなに早いのここくらいじゃないのかな。






「ねぇ三神君」

「んー」

「今日、放課後時間ある?」

「んー。良いよ」

「じゃあこの前行った喫茶店ね。私、掃除あるから先行ってて良いよ」

「大丈夫か?」

「・・・じゃあ駐輪場で待ってて」

「はいよ」


こうして三神君と放課後は過ごすこととなった。

前回話してからは、それっきりだったため夏休みの予定とか気になるから話したいな。


「ねぇねぇ希空」

「んー?」

「デート?」

「んー。違う・・・かな?」

「何故に疑問形?」







「お待たせ」

「おん」

「それじゃあ行こっか」

「ああ」


三神君は友だちと駐輪場で待っててくれた。

彼は、心は無いという割には心配してくれてるみたいだ。

私がまたあの時みたいに倒れるようなことが無いように見てくれてる気がする。


「ねぇ三神君って彼女とか居た事ある?」

「ないなぁ」

「好きな人とかは?」

「特には」

「じゃあ好きなタイプは?」

「俺の事を好きになってくれる人」

「つまりほぼ無いと」

「まあそうなるな」


彼は、基本的に口数が少ない。

でもそれは、仲の良いメンバーでは違うみたいだ。

現に、瀬黒先生に対してはかなりおしゃべりな気がするし、友達もクラス外にそこそこいるみたいだ。


「望月さんはどうなんだ?そういった恋愛事とかは」

「私は、多分無理かな。私を好きになったら辛い思いをさせることになっちゃうから・・・」

「あー。確かに、恋人が余命5年ですって言われてショックを受けない奴は居ないだろうな」

「三神君もショックだった?」

「俺は、望月さんの彼氏じゃないからショックは受けてないよ。ただそんな病気と闘っている奴が近くに居たんだなと思ったくらいだ」

「ふふっ。ありがとう」

「感謝されるところか?」

「うん。やっぱ三神君は他の人と違うね」

「そうかもな」


彼はどこか遠くを見るように答えた。

他の人とは違う。

そんなのは当たり前だ。

それでも私の病気に対して、こんな反応をしてくれる人は他に居ないだろう。

彼は、聞き流したり相手にしてない訳ではない。

真正面から話を聞いた上で、私の病気を理解してくれたのだ。







「三神君は何頼む?」

「んー。今回はパフェにしようかな」

「飲み物は?」

「コーヒー」

「なるほどね。じゃあ私は、ガトーショコラにしようかしら」


何を食べるか決め、注文をした。


「それでね今日は、三神君の夏休みの予定を聞きたくて」

「俺のか?」

「うん」

「まあ受験生らしく勉強するかな。推薦も取れそうだし」

「成績良いもんね」

「学内では良い方だな」

「でも三神君ってただの真面目な人じゃないよね。はしゃぐ時は、はしゃいでいるイメージだし」

「まあ周りに流されてって感じだから。自分が無いというのは実に厄介なものだよ」

「そう?でも真面目な時は真面目じゃない」

「かもな」


彼は、どこか寂しそうな顔をする。


「三神君っていつからそんな感じになったの?」

「心が無いと言われるようになったのは、高校入ってからだけど。もう中学の時にはだいぶ薄れてたのかもしれん」

「そうなの?」

「ああ。まあ話せば長いけどどうする?聞いててあんまり気持ちのいいものじゃないぞ」

「ふふっ。心が無いのに私の心配?」

「心配というか、胸糞悪い話だから」

「私は大丈夫だよ。あなたの話を全部聞きたいから」

「そうか・・・」


三神君は、納得してくれたようで話始めた。


「俺さ、中学の頃にいじめられていたんだ」

「えっ・・・」

「まあ何人かにだけど。ある時は、物を取られたり、美術の授業で校外で絵を描いている時に唾をかけられたりもした。あとはシンプルに暴力だな。見てたやつは止めなかったけどな。まあそれはどうでもいい。俺も止めないだろうし。でも俺は、やられてばかりじゃなかった。多分、あの瞬間から俺の中の何かが壊れた気がする。」

「何をしたの?」

「いじめから自分を守るためにはどうすれば良いと思う?」

「んー。難しいね。先生に言っても解決する試しがないような気もするし」

「その通りだ。自分を守る最大の武器は、自分を虐める奴を消せばいい」

「・・・」

「まあ消すとは言っても、様々あるけどな。俺が言ってるのは近くに寄らせない。俺の事を危険だと思わせればいい」

「なるほどね」

「だから俺は、やり返しをした。暴力を振るわれたらそれ以上でやり返した。拳で殴って来たら、近くにあったイスや机で殴ったりな」

「ほ、本当にやったの?」

「まあな」

「停学とか謹慎とかは・・・?」

「特には無いな。だってそれを認めたらいじめがあったと知らされてしまうから。まあ先生達は本当にいじめがある事は知らないが、俺を虐めてたやつはどうなるだろうな」

「そういう事ね」

「ああ。向こうもいじめを認めるわけにはいかないから、黙秘したんだ。それを理解した俺は、自分を守るためにふるった暴力に対して何も感じなかった。相手が痛んでるのを見て何も思わなかった」

「・・・」


彼は、心を失ったんじゃない。

心が壊れたのだ。


「まあ他にも実の兄に殺されそうになったりとか、信じてたやつに裏切られたりとかも中学時代にあったんだ。だから俺は、周囲に期待できないし信じることもできない。結局、自分を守れるのは自分だけだし。自分を救えるのは自分だけだと気付いた」

「ぐすっ・・・」

「えっ!?ごめんなさい!!こんなに話すことでは無かったよね!!本当にすみません!!」

「っ・・・。いや大丈夫。そんなにも辛い思いをして心が壊れたのね・・・」

「まあ、でも望月さんが気に病むことはないだろ。俺の話だ。それも昔のな。俺だって気にしてない」

「ぐすっ・・・。でも・・・」

「ほら泣くなって。ハンカチあるか?何なら貸すけど」

「うん・・・。ごめん、借りても良い?」

「ああ。はい」

「ありがとう・・・」


三神君からハンカチを受け取り、涙を拭きとる。


「落ち着いたか?」

「うん」

「さっきも言ったが、過ぎた事だから。望月さんが気に病むなよ」

「分かった」

「望月さんは兄弟とか居るの?」

「うん。妹がいるよ」

「そうなんだ」

「白夜高校の一年だよ」

「同じ学校だったか」

「うん。私と違って健康で元気な子なんだよ」

「ほぇー」

「どうでも良さげだね」

「そんな事は無いぞ。ただ家族を自慢できるってすげぇよな」

「三神君は、出来ないの?」

「・・・ああ。俺は本気で兄が死ねばいいと思っている」

「そう・・・」

「まあ自分が死ぬという選択肢もあるけどな」

「そう・・・」

「ああ。前にも言ったかもしれないが、きっかけがあれば俺はいつでも死んでもいいと思っている」

「そっか」


彼は嘘を言っていないだろう。

ちゃんと死ぬということがどういうことかも分かってる。

ただ彼は、生きることに希望を抱けてないのだ。


「望月さんって中学の頃の思い出とかあるの?」

「私?そうだなぁ・・・。特にないかも。その頃は病気だと気付いてない頃だったし。だから何に対しても全力じゃなかったのかも」

「そっか。病気ってのはいつ知ったんだ?」

「今年の初め頃かな」

「割と、最近なんだな」

「うん」

「自分の死が確定してるってどんな感覚だろうな。人はいずれ死ぬ。そんなものは誰もが知っている。だが、いつ死ぬかは誰も知らない。それを知っているってどんな感覚なんだろうな」

「私は、何も感じなかった。どんな感情を抱けば良いか分からなかった。そう考えると案外三神君と似ているかも。私も心というのが欠落してるかも」

「なるほどなぁ」


彼は納得したかのように、窓の外を眺めた。

そんな彼の横顔は、とても儚げで綺麗に見えた。








「お待たせしました~」


注文したものがようやく届いた。

この喫茶店は、出来たてを提供するためケーキ等もここで焼いている。

手間暇がかかるかもしれないが、ここは基本的に小規模な店のため客もそんなに多くは無い。

そのため実現できるのだ。


「三神君。一口貰っても良い?」

「良いよ」

「ありがとう」


彼の頼んだパフェを一口食べる。


「美味しいね。三神君も私の一口どうぞ」

「じゃあ頂くな」


私のガトーショコラを彼に一口あげた。


「それでさ話が戻るんだけど、夏休みは何か予定入ってる?」

「勉強以外は特に何も・・・」

「じゃあさ私と旅行に行かない?」

「友達と行ったら良いんじゃないの?」

「ふふっ。三神君ならそう言うと思った」

「じゃあ何で?」

「三神君だから。他の人にはないものを持っているあなただから誘ったのよ」

「えー」

「それで行くの行かないの?」

「行かないって言ったら?」

「もちろん無理強いはしないよ。ただその時は一人で行くかな。どこかで倒れるかも知れないけどね」

「・・・はぁ。親と行くという選択肢はないのか?」

「無い」

「えー」

「そりゃあ時間は有限なわけだから、家族と過ごすのもありかも知れないけど。友達と旅行はもうできないかもだから」

「じゃあ友達を・・・」

「私たちって友達じゃないの?」

「さあ・・・?」

「じゃあ恋人?」

「どっちが告白したんだよ」

「自然消滅があれば自然発生もあって良いと思うんだけど」

「それはまた突然発生したものだ」

「ふふっ」

「ははっ」


そうだ。

私は、三神君のことが好きなんだ。

でも困ったなぁ。

彼は自分の事を好きで居てくれる人がタイプみたいだけど、その相手が死んじゃうんだもんなぁ。

彼は悲しむかなぁ。


「分かった。行くよ。その旅行」

「良いの?」

「どこで野垂死ぬか分からんからな。俺が看取ってやろう」

「縁起でもないね」

「まあそうはならんだろ」

「分からないよ」

「縁起でもないのはどっちだよ」


冗談を言いつつも夏休みの予定が決まった。


「それでどこに行くんだ?」

「ハワイ!!」

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