第十五話 : 幽霊と歌手⑤
「■■さんは食べ物、何が好きだったんですか?」
夜ご飯を買いに二人でスーパーへ向かっていた時に私は彼に尋ねた。
時間は二十一時頃。道に人は結構な数いたが構わず私は聞いた。
「熊井さん……僕、他の人に見えてないんで熊井さんが変な人に見られちゃいますよ!」
私はスキップをしながら彼に話しかけているので周りの人から見れば変な人に見られてしまうかもしれない。
しかしそれならそれでもいいと思える。
なんたってそれくらい気分がいい。
「いいんです!
私は今すごく気分がいいので気にしません!
それにさっき私の知り合いにですね、私はこうなんだ!って押し売りする人がクリエイティブな人なんだって言われたんです。
そして私はその人に騙されてしまったのです。」
私は意地悪な笑顔をしながら彼の方に振り向く。
それを見た彼も嬉しそうにこう返す。
「それは悪い詐欺師に引っかかっちゃいましたね。困ったものです」
その言葉を聞いて私はよりいっそうの笑顔になってしまう。何気ない会話なのに楽しい。この人と話していると波長が合ってることを感じる。
「で!■■さんは何が好きなんですか?」
めげずに聞く。
彼は難しそうな顔をしながら考え始める。
そんなに好きなものがあるのだろうか?
好きなものが多すぎて選べないとかそういうことなのかもしれない。
少し待つが彼はまだ難しい顔をしたままだった。
「■■さん?■■さん?」
彼がハッとしたような顔で私の方を見る。
完全に自分の思考の中に入ってしまっていたようだった。
「ごめんなさい、ちょっと考え事をしてしまってました。
そうですね。やっぱりお寿司が好きですかね。なんで僕の好きなものなんて聞くんですか?」
彼に何故しつこく聞いたのかといえば『お返し』をしたかったからだ。口車に乗せられて歌を歌い涙を流してしまったその『お返し』だ。
「悪い詐欺師さんの前で食べてやろうかと思いまして」
私は可能な限りの意地の悪そうな笑顔をする。
これで『お返し』の完了だ。
◇
私はスーパーでお寿司のパックと唐揚げを買ってお店を後にした。
「悔しいですか?目の前に大好物があるのに食べれないなんて悪い事はするものじゃないですね」
私は口に手を当てニヤニヤしながら彼に話しかけた。
少し悔しそうな顔をした彼にしめしめと思いながら家までの道を歩く。
なかなか性格の悪いことをしている自覚はあるが止められない。
そうこうしているしている間に家に戻ってきた私たちは食べる準備を始める。
テーブルに買ったものを並べながら彼に聞いてみるた。
「■■さんはネタは何がすきなんですか?」
「そうですね。アジとか光り物が好きだったりするんです。ちょっと変わってるかもしれませんが」
「あんまり、好きなもので光り物を一番に挙げてる人はたしかに見ませんね。でもこの中にはいるみたいです」
そんな他愛のない会話をしながら準備を進めた。
私はアジとイカを皿に移して醤油皿、それにからあげと割り箸を彼の前に置いた。
「たとえ食べれなくてもこういうのは雰囲気が大事なんです。イカはオマケです!特別ですよ!
私はイカがほんとは好きなので。さあ!食べましょう!いただきます!」
彼もいただきますを言い、箸を持つふりをしてアジに手を伸ばす。
「んー!美味しい!」
マグロを食べながら私は言った。
「んー!美味しいですね!」
彼も食べたふりをして私に笑いながら言う。
「■■さんもそう思いますか!このスーパーのお寿司新鮮でなかなか美味しいのです!」
その後二人で本当に他愛のない会話をした。
私はタコやイカが好きだと言ったら彼は私も変わってると言い始めたので失敬だなと思ったが私もちょっと変わっていると言ったのでおあいこだなと思ったりもした。
「ごちそうさまでした!」
二人で一緒に言って夜ご飯は終わった。
久しぶりに楽しい夜ご飯の時間を過ごした私は片付けをしながら無意識に鼻歌を歌っていた。
無意識に鼻歌なんて歌うのは何年ぶりだろう。
それほどこの時間が楽しかったという気持ちで心が満たされるのを感じた。
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