第十四話 : 幽霊と歌手④

「なんか吹っ切れたような気がします。

今考えてみれば最近の私は歌を歌うの楽しくなかったような気がします」



私は清々しい顔で彼に言った。



「作る曲も皆に共感して欲しいって思って当たり障りのないものになってしまってた気がします。売れるようにって思いが先行してしまって歌うのが目的なのか売れるのが目的なのかわからなくなってしまってたのかもしれません」



最近作っていた曲は全部売れる売れないばっかりを気にしていて私の本当の気持ちや伝えたいことなんて何もなかったことに気づいた。

私が何を思っているか何を考えているかということが大事だったはずなのにそれを見失っていた。

それを彼の言葉が思い出させてくれた。

久しぶりに歌うことが楽しかった。幸せだった。



「僕はクリエイターって言うのは基本自分の好きの押し売りでいいと思ってます。

俺はこれが好きだ!こう思ってる!

俺の絵はここがかわいい!な?そうだろう?

みたいな感じで自分の好きを人に押し売って回ってなんぼかなって思いますね」



彼の言うとおりだと思う。

自分の気持ちがあってその上に曲を聴く人達の気持ちが乗っかってくるものであって決して曲を聴く人達の気持ちの上に私の気持ちが乗っかるものではない。

そんな当たり前のことすら忘れてしまっていた。

日々の生活の中の忙しさや焦りで忘れてしまっていた。



「私もそう思います。いろんな分野で神様って呼ばれるような人は大概、■■さんの言う通りで自分の意見の押し売りなような気がします」



それは絵描きであろうと作曲家であろうと変わらない。自分の意見の押し売りなのだと思う。


彼は私に自信満々で満面の笑顔を見せてきているような気がする。



「■■さんは面白い人ですね。すぐ泣くし、感情表現豊かだし。

さっきはボロボロ泣いてたのに、今はすっごい笑顔ですしね」



本当に面白い幽霊。

彼の笑顔で心が暖かくなる。

彼の笑顔でまた歌ってみたいと、そう思える。



「でも優しい人なんですね。

なんだか心の中のモヤモヤが晴れたような気がします。

もうちょっと宮城に帰らないで頑張ろうかなって気持ちになってきました。

まぁ結果的に■■さんの口車に乗せられて歌わされたような気がしなくもないですが」



皮肉を言うことで頑張って抵抗するがこれも彼にとってはそんなに効果はないだろう。

でもそんな皮肉が言えることも嬉しいと感じる。



「『まぁ騙されたと思ってチャレンジしてみな』」



「なんですか?それ?」



「アニメの台詞です」



「しょうがないですね、騙されてあげましょう」



よくわからないが彼が言う事がなんだか全部面白くて楽しく感じてしまう。

私はおそらく嬉しそうに体を揺らしたのだろう、彼が私を見て嬉しそうな顔をしたように感じた。

彼が人差し指を私の顔に近づける。

私はゆっくり目を閉じて受け入れる。



「『こいつめ』」



彼の嬉しそうな声とともに額を小突かれた。

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