第十三話 : 幽霊と歌手③

「僕にはそう思えないんです……。

歌は上手いです。ほんとに僕が聞いたことある人の中で一番ぐらいに!

でも……でも……熊井さんは楽しそうじゃない。

歌の中に……あなたがいない……」



彼に言われた言葉は私の予想した通りだった。

私の歌はプロでもなんでもない人にも楽しくなさそうに映ってしまっているのかという絶望が私を襲う。

今までは音楽のプロに指摘をされていた。しかし今回は違う。音楽のプロでもない人に言われてしまったのだ。

それは以前とは全く違う意味を持つ。

私が人前で歌う時にその前にいるのは一般の人達なのだから。

そう思うと涙が込み上げてきた。



「ごめんなさい!ごめんなさい!傷つけるつもりはなかったんです!泣かないでください!ごめんなさい!」


彼は泣いている私を見て慌てて言う。

しかし彼の言ってることは間違っていない。同じことを今日事務所の人にも言われた。



「いえ、いいんです。同じようなことを今日事務所の人に言われました。私って才能ないんですかね……」



やっぱりもう終わりにしよう。

いろんな人に音楽って楽しいんだよ、世界は楽しいんだよと伝えたかった。でも私が音楽も世界も楽しく思えてなかった。それが答えだ。彼に言われて初めて気付けた。私は人にそんなことを伝えられる立場にない。そんなことを歌える立場に私はいないのだ。



「俺は歌とかよくわからないんですが熊井さんの事がわからないんです。

俺は、俺は熊井さんの事を聴きたいんです!

何を思ってるか、何を考えているのか。

聞かせてください!あなたのことを!」



私の事を聞きたい。何を思っているのか考えているのか。私が思っていること。

そうだ。私は伝えたいんだ。私が感じたいろいろな事を。

彼が必死に叫んだその言葉は私の胸に突き刺さる。

伝えられる立場とか歌える立場とかそういうものではないんだ。

私の気持ち、思いを歌えばいいんだ。

誰かに共感してほしいとか感動させたいとかではない。最初に歌い始めた時もそうだったではないか。

私は涙を拭きギターを持ち直す。



「もう一曲聞いてもらってもいいですか。

これは私が初めて作った曲です」






雨上がりの匂いがこの街を包んでいる

いいことが起こる予感

そんな感情が私を包み込む


風が私の背中をおす

どこまででも行ける気がする

空がおいでと手招きする


走ろう走ろう走ろう

風を追い越してその先まで

飛ぼう飛ぼう飛ぼう

空に導かれるその先まで



歌にしよう

歌にしたい

泣いた昨日も笑った今日も全部私の気持ちだから

みんなが知らない私だけが知ってる

この世界の秘密を


歌にしよう

歌にしたい

世界はこんなに輝いているんだから

誰にも届かなくたって一人きりだったとしても

歌にしよう歌にしよう

私が明日を見失わないように。






私は目をつむり深呼吸をして目を開けて言う。



「こんな感じですね」



目を開けると静かに涙を流している彼がいた。

小さく拍手をしてるのが少し可愛いなと思ってしまった。



「すっごくよかったです。どこがいいとかここがいいとかは上手く言えないですが、すっごくよかったです」



すっごくという形容詞を何回も使ってるところをみると先程と違って本心からそう思ってくれたのだろう。

しかし本当にこの幽霊はよく泣く幽霊だ。

感情表現が豊かすぎてどっちが幽霊かわからなくなってしまう。



「また■■さんはまた泣いてますね」



私は皮肉を込めて言う。

すごく心が晴れやかな気がする。

彼に対して笑顔を向ける。

たぶんここ数年間で一番素直で純粋な笑顔を彼に向けたと思う。

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