第十二話 : 幽霊と歌手②
私は服を着替え紅茶を淹れ終わったタイミングで彼が脱衣所から戻ってきた。
「あれ?儀式は終わったんですか?」
よくわからないことをしていた彼に少し皮肉を込めた口調で私は言う。
彼はおろおろとしたような表情をさせて目線を部屋のあちこちに飛ばしたような感じがした。
その彼の行動が面白く少し目を細くして笑ってしまった。
「■■さんって、号泣したり儀式したり表現豊かで面白いですね」
これは皮肉でもなんでもなく純粋にそう思えたから言ったのだ。
今日私が指摘された表現力の無さというのはたぶん彼には縁のない話なのだろう。
おそらく私も昔は持っていたはずのモノ。
日々の生活の中で擦れていってしまったモノ。
それを彼はなくさず持っているとそう感じた。
「ま、まぁ!儀式は成功です!そ、そんなことより熊井さんの所要は無事完遂できましたか?!」
完遂という言葉のチョイスが彼らしいなと感じる。
「ええ、まぁ。事務所で簡単なオーディションだったんです。
アーティストが歌う前の仮歌の。次は誰が歌うかって、そこで認められて才能あるなってなればデビューにも手が届くんですけどね。
たぶんだめだと思います。
おかしいですよね!歌が歌いたくて東京に来たのにやってるのは手伝いばっかり。
さらには歌の手伝いは出来てもいない。
私ってなんの為にここにいるんだろって」
一言喋りだしたらダムが決壊したように言葉が止まらない。
こんな事まで彼に言おうとは思っていなかったのに。
彼は静かに私の話を聞いていた。
泣きそうな顔で少しヒステリックに喋っている人の話なんて幽霊になってまで聞きたいはずもない。
そして彼も何故か悲しそうな顔をする。
自分のことではないのに彼はまるで自分の事のように悲しそうな顔をする。
「俺、熊井さんの歌聞いてみたいです」
彼は小さな声だがしっかりはっきり私の顔を見ながら言った。
「私は自分の歌がだめだーって話をしたのに聞いたみたいって■■さんはほんとに変な人ですね!
聞いてがっかりしないでくださいね!」
私はそう言うとアコースティックギターを取りピックを持つ。
「オリジナルです。なんかこう改まると恥ずかしいですね」
私はゆっくりと右手を上げ弾き始めた。
◇
「どうでした?■■さんががっかりしないようにできましたかね?」
私は恐る恐る彼の顔を確認する。
彼は眉間に皺を寄せながら難しそうな表情をして口を開いた。
「すごく、綺麗な声でした。いい歌でした」
彼にそう言われて私は飛び上がりそうになるくらい嬉しかった。
近頃は歌についてダメ出しをされることが多く、褒められるというのがほとんどなかったから褒めてもらえたのが嬉しかったのだ。
しかし次に彼の口から出てきたのは私の予想していたものではなかった。
「熊井さん……。熊井さんは歌ってて楽しいですか?」
「えっ?楽しいですよ!やっぱり変なこと聞きますね。■■さんは」
私は想定していなかった彼の言葉に面を食らってしまう。
『楽しい』今日事務所でも言われた言葉。
楽しいはずが無いと思いながら帰ってきた帰り道。
彼にもその言葉を言われてしまった。
彼は言葉を続ける。その先の言葉を私は想像することが出来た。
「僕にはそう思えないんです……。
歌は上手いです。ほんとに僕が聞いたことある人の中で一番ぐらいに!
でも……でも……熊井さんは楽しそうじゃない。
歌の中に……あなたがいない……」
胸がいっぱいで目頭が熱くなるのを感じた。
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