第十一話 : 幽霊と歌手①

家を出る準備をし終わってからメモを書く。



「■■さんへ

申し訳ありませんが私は所用で外出します。■■さんは扉をすり抜けて外に出ることが出来ますよね?鍵は閉めていきます。夜には帰りますのでお願いします」



そう書き残すと玄関へ向かう。



「行ってきます」



ソファで幽霊なのに寝ている滑稽な彼が気が付かないぐらいの小さな声を出しながら外へ出る。

行ってきますなんて言葉を言ったのはいつぶりだろうか。

一人で暮らしていると行ってきますという言葉すら言わなくなる。よく一人暮らしでも行ってきます、ただいまを言うドラマは見るが実際は途中から言うこともなくなると思う。

そういうこともあり久しぶりに発したこの言葉が少し嬉しかった。





「熊井さんさぁ、もっと楽しい感じで歌えない?確かに仮歌だから音外さないとか大事なことがあるけど雰囲気も伝えないと作曲者さんに失礼だと思わない?熊井さんの歌聞くと楽しそうじゃないんだよねぇ」



私は俯きながら話を聞いていた。

楽しいはずがない。私がやりたいのは人の前に立って歌うことであって決して録音マイクの前で歌うことではない。



「作り手と歌手を結ぶ役割なんだから責任感というかなんというか、気持ち?みたいなのを持ってやってもらわないと困るんだよね」



もちろんそんなことはわかっている。

ただアイドルが多くの人の前に立って歌っているのに私はそれが出来ないというのも心の中に引っ掛かっているのだとは思う。

アイドルと歌手で求められているものが違うという事もわかっている。

そうだったとしても私の方が歌が上手いはずなのにそれでもステージに立てないとかいろいろな感情がごちゃ混ぜになって襲い掛かってくる。

確かに私は何の為に歌を歌っているのだろう。

歌うことの何が楽しかったんだっけ。



「聞いてる?まぁ今回はもういいや」



「すみません。次はもっと頑張ります」



頭を深く下げ事務所を後にする。

帰り道の電車でも気持ちはうわの空だった。

私は何がやりたくて東京に来たんだっけ。

この五年間私は何をやっていたんだろう。

そんなことを考える。

こんなことをやりたくてはるばる宮城から東京にやってきたのだろうか。

宮城にいた時の楽しかった思い出が蘇る。

友達とバンドを組んでライブをした事。いろいろな場所へ行った事。みんなが快く私を送り出してくれた事。

楽しかった日々。今の私には音楽への情熱も無い。

バンドメンバーの一人である美香は結婚秒読みだとも言っていた。

どこで間違えてしまったんだろう。

歌手になろうとしたこと自体が間違いだったんじゃないかと今では思ってしまう。

そんなことを考えながら歌っている人間の歌が楽しそうな訳が無い。

最寄りの駅に着き帰り道にあるスーパーでコロッケを買って帰る。

気持ちは憂鬱だが家にいる幽霊もこんな顔をして私が帰ってきたらびっくりするに違いない。仮にも同居人の彼には心配をかけたくない気持ちから顔を上げて玄関のドアを開ける。



「ただいま帰りました。あれ?■■さんどこにいらっしゃいますか?」



玄関からは同居人幽霊の姿が見えない。

もしかしたら昇天してしまったのだろうか?

それか私が日常の辛さから想像上の友人、最近流行りのイマジナリーフレンドというものを作りだしてしまったのだろうか。

しかしそう思った矢先彼を発見する。

脱衣所で膝をつき手を広げ天井を見上げている彼を。



「えーと、■■さん?何をされてるんですか?」



おそらく私は困った顔をしてしまっていたのだろう。

彼はばつが悪そうな顔をしている。



「それはなんかの儀式なんですか?私はちょっと服を着替えてきますね」


私はそういうと床に落ちていたTシャツをヒョイと持ち上げ近くの洗濯かごの中に入れた。

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