第三話 : 私のこと③

結局私は一人で上京するということが決まった。


バンドでやるならまだしも一人でやっていくならミュージックプロダクションに入るとかをしないとだめだろうと思い片っ端からデモテープや履歴書を送り始めた。


何社かから返答が有り、面接の時間を合わせ私は東京に向かった。

大体どのプロダクションから言われたのも同じような感じのこと。

初めはレッスン生として事務所に所属、その後デビューを目指していくというような感じらしい。

早ければ一年でデビューに出来ると言われ心が弾んだ。

何より東京で歌えるという未来に心が踊る。

自分が目指していた所に少しだけ近づけるという期待。不安はない。

多分私なら出来る!

その自信しかその時はなかった。


色々考えた結果、私は有名音楽レーベル傘下のプロダクションのレッスン生としてこの道を歩き始めることを決めた。


そこから高校卒業までの時間はとても有意義で穏やかで楽しい時間だった。

ここでやり残した事が無いようにしようと決めていたのだ。

それはこの先東京に行った時に後ろ髪を引かれないようにする為でもある。

やり残したことがあるとどうしても後ろを振り返ってしまう。私はそういう人間だということはわかっていた。

だからこそ、この地元での時間、学生生活の時間を満喫しようと決めたのだ。


親とも沢山話した。

今まで親元から離れたことはなかったが今回初めて親元を離れて生活をする。

それは一人の大人になるということだと思った。

自分の裁量権が増えるということはその分責任も大きくなるということだと思う。

しかしそれが楽しみでもある。ここから先、私は一人で歩いていくんだという気持ちを持つことが出来た。


バンドのみんなとも色々な話をし、色々な所に行き、色々な思い出を作った。


小学校こそ違うものの同じ中学校、高校に行った。

同じ景色を見て同じ体験をした。

今まで歩いてきた道は同じだった。

しかしここからは全員が違う道を進んでいくことになる。

大人になるということはこういうことなのかもしれない。

みんなと一緒にいるのが当たり前でずっとこのまま続くものだと思っていた。

これは誰しもが通る道だと大人達は言うかもしれない。

大人達がみんなそんな道を進んで来たかと思うとすごい。尊敬する。

私は心が張り裂けそうになるくらい苦しいし辛い。

それでも前に進まないと。

それが自分で選んだ道なのだから。


上京することが決まってから家探しも始めた。

やっぱり都心がいいなと思いながらも都心の家賃には目が眩むほどびっくりした。

仙台ならちょっと大きな家に住めそうな値段で六畳のワンルームすら借りれない。

これが東京かと思いながら家探しを続けた。

ギターが弾ける物件がいいとか治安が良さそうとか譲れないところをピックアップして探して見つけたのが都心からちょっと離れた郊外の部屋だった。

ファミリー世帯が多いらしく治安もそこそこ良く都心へのアクセスも良さそうな場所だった。

近くに大きな都立公園もあり雰囲気も良さそうである。

親に話したら住みやすそうで良さそうと言われたのでこの場所で進めていこうと決心した。

不動産屋さんに電話すると内覧をして欲しいと言われたので私は東京に行くことになった。


東京には何回か行ったことがあるが毎回行くたびにワクワクしてしまう。

そびえ立つ高層ビル群。

仙台の中心くらいの人の群衆が各駅にいる。

まさに都会だ!と思うのが東京なのだ。


東京駅から電車に揺られ一時間程でお目当ての物件がある駅に着いた。

不動産屋さんはこの駅の近くにあるらしいとのことで駅周辺を少し散策してみることにした。

駅前にはスーパーが三件程、居酒屋やドラッグストアもあって利便性は悪くなさそうだ。

駅から少し離れれば小洒落たカフェもあって私はとてもこの街が気に入っていた。

近くの大きな公園も桜の名所らしく桜の季節には人がたくさん来るらしい。

次の桜の季節から私はここで暮らして行くんだとそんな想像を膨らます。


不動産屋さんに着くと私が希望していた物件の他に似たような条件の部屋を探しておいてくれていた。

私が希望してた物件は最後に見に行くとのことでその前に数件内覧をすることになった。

東京の人はほとんどマンションに住んでいるのかと思っていたが意外にアパートもたくさんあったみたいで私が内覧したのは基本的にはアパートだった。

数件内覧を終えて最後の物件、私が希望していた物件に向かう。

案外私が希望していた物件ではなくてもいいかもしれないと思ってた時にそこに着いた。

見た目はキレイなアパート。

外装もよくある感じのではなくちょっとお洒落な感じがある。

ひと目見て気に入った私は早く中を見てみたいという気持ちに襲われた。

中はメインルーム一つとキッチンがあるオーソドックスな部屋だったが少し広めのメインルームが暮らしやすそうだ。


ここにしよう。

部屋を見渡しながら私はそう決意する。

ここが私の夢の最初の一歩だ。


不動産屋さんに戻り契約書に判を押す。


ここの地名の由来は名所である桜の花の最寄りということらしい。

私はまだ蕾ですらないがここから花を咲かせるんだ。

そう思いながら駅までの帰路についた。

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