第二話 : 私のこと②
沙耶香と抱き合った次の日、バンドメンバーを集めて昨日のあった話をした。
沙耶香が東京へ行くことができないことを二人に伝えると
「あのさ、梨子……。うちらも東京行けないかもしれないのよ」
すごく言いづらそうにだがしっかりハッキリとした声で彼女は言う。
しっかり者でハキハキしているお姉御肌といえばしっくりくる彼女は山本明里。
生粋のお姉ちゃん気質でみんなから頼られているバンドのリーダー的な存在だ。
こうなる可能性は十分あった。
もちろんみんなが音楽をしたくないというわけではない。
ただ、田舎という場所は夢を追いかけて無謀な未来に進むということが難しすぎる。
地元で生まれ、育ち、近場に就職する。
外に出ていく人は大学に行く人や都会で仕事をする人。
夢を追いかけて東京に行くなんて数が多いはずがない。
親から見れば絶対反対するはずだ。
私が親でもそうする。
しかし私の親がそれを言わないのは小さい時から歌手なると言い続けて、色々やってきた結果なのかもしれない。
夢破れ帰ってきたら就職してくれればいいと思ってるのかもしれない。
しかし彼女達は違う。
親からすればいきなり子供がなんの実績も無いのに夢追いかけて東京行くなんていうのは卒倒ものだろう。
やっぱり私は四人で音楽をやりたい。
この五年間は私にとってかけがえのない宝物だ。
いろいろぶつかったり喧嘩したりしたけれどやっぱり仲のいい、気がしれた仲間たちなのだ。
「梨子ちゃんは東京行くの?」
涙声になりながら私に問いかけてきたのは
「みんなでさ……休みの日に仙台行ってライブやるとかでもいいんじゃない?」
彼女はうずくまりながら絞り出した声で言葉を続ける。
「ううん。私は東京行くよ」
「やっぱり梨子はそう言うと思ったよ。私たちだって一緒に行きたいよ。ずっと一緒にやってきたのに……」
常に笑顔で気丈に振る舞う一番大人な明里が涙を浮かべながら声を震わせる。
初めて見た明里の泣き顔。
「梨子はさ、私がみんなを引っ張っていってると思ってたかもしれないけれどそれは違うんだよ。みんな梨子に引っ張られていたの。振り回されてたのとは違うんだよ。いつも楽しそうで元気いっぱいで、でもいろいろ考えていて仲間のこと大好きで前向きに一生懸命なあなたが私たちを楽しくてかけがえのないところに引っ張っていってくれたの」
「そうだったんだ。私、私……」
絶対に泣かないと決めていた。しかし無理だった。
感情が溢れ出してくる。
楽しかった思い出。無我夢中で走り抜けた日々を。
「梨子と会えて一緒にバンド出来て幸せだった。梨子なら東京でも成功するんだろうなって思ってる。ちょっとおっちょこちょいなとこあって心配だけどね。あと黙れば絶世の美女」
「梨子ちゃんちょっとポンコツなとこあるもんね」
沙耶香が明里のおふざけにのって言う。
「普通に、喋っても美女だけど?ポンコツじゃなくてせめて天然って言ってくれない?美香もそう思うよね?」
「あっ……うん!」
「なんだその『あっ』は!」
ここで四人で大笑いした。泣きながら大笑いした。
楽しかった思い出。喧嘩した思い出。四人で出かけた思い出。四人で立ったステージ。全部が私の宝物。
「みんなバンド結成した時のこと覚えてる?」
泣き疲れて全員で教室に大の字になりながら寝転んでた時に明里が言った。
「中学の入学式の次の日に最後まで教室に残ってたのがこの四人だったじゃん。そしたらいきなり梨子が立ち上がって美香の席のとこ行って『私は熊井梨子!バンドやろう!』って言い始めたの。私もびっくりしてえっ!って顔向けたら『あなたも!』って言われたんだよ。なんのアニメだよって思ったよ!」
「そうだったっけ?私はあの日バンドメンバー見つけなきゃってことだけで頭の中いっぱいだったから全然覚えてない」
「私、梨子ちゃんがいきなり私の前来て大声で言ったからビクッってなっちゃったの覚えてる」
「私もバンドやるなんて聞いてなかったからいきなりでびっくりしちゃった」
「え!?沙耶香には言ってたはずだよ!」
「いや、聞いてないよ!なんか私もバンドメンバーにいつの間にかカウントされてたけど」
「絶対言った!!!あれ?言ったっけ?言った気がしてたけど夢の中で言ったのかな?」
「夢の中で言われてもわかんないよ!」
「そういうとこが梨子はポンコツって言われるんだよー!でも……」
「『楽しかった』」
みんな考えてたことは同じで同じ言葉。
走り抜けた私たちの先に待っていたのはこの言葉だった。
こうして私たちの青く煌めく春は終った。
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