第一話 : 私のこと①
宮城県石巻市。
私が生まれ、育った街。
知らない人に説明しておくと東北の田舎の太平洋に面した港町の一つ。
東北の大都市、仙台から電車で約一時間ほどにある所で、さほど便利ではないけれどかといってすごく不便という訳でもない。
商業施設や居酒屋もあって賑わっていないわけではない。
もちろん東京に比べてしまうとだいぶ見劣りするというのは否めないがいい街だと私は思う。
有名な食べ物も牡蠣や金華鯖とかがあり観光客もそこそこ来る。
そんな大きくもなく小さくもない日本のよくある田舎町で私は生まれ、育った。
昔から歌うことが大好きで活発な子供だったと思う。
テレビの中の綺羅びやかな世界で多くの人に自分の歌を届ける。
それはどんなに楽しくて素晴らしいことなのだろうか。
自分の思う事。
自分が見た世界。
自分が想うこと。
それを歌にしてみんなに届けたい。
それを歌にしてみんなに伝えたい。
そんな私は物心ついたときから将来の夢が歌手だった。
8歳の時、父のギターを持ち出し練習を始し始めた。
最初は手も小さくコードを押さえることができなかったけれど毎日、毎日めげずに練習を続け、十歳の時に初めてオリジナルソングが完成する。
歌にしたいことを綴った曲。
正直な話をすると小学五年生というのもあって語彙力もなく稚拙な歌詞になってしまったのは否めないが初めて出来た曲というのは自信にもなったし、何より自分の世界を表現出来たという達成感でいっぱいだった。
出来たばっかりの曲を父や母や姉に披露し褒められるのがとても嬉しかった。
祖父と祖母からは私の歌を聞いて将来は大物歌手だなと言われほんとうに嬉しかった。
いろんな人に褒められてただただ嬉しくて幸せだった。
中学一年生の時にクラスメートを誘いガールズバンドを結成した。
そこからはベースやドラム、キーボードの練習もしてフォーピースで奏でる曲を作れるようになった。
学園祭では有志参加者として体育館のステージに立ち演奏をし観客を盛り上げるのに一役買った自信はある。
この時の私は将来歌手になるということに疑いがなかった。
決して自分が絶対的美少女だと思っていたとか歌がプロよりも上手いだとか思っていたわけではないのだが漠然として私は将来歌手になるんだと思っていた。
バンドメンバー全員学力も学校の成績も同じぐらいだったので全員で同じ高校に進むことが出来た。
高校に入学してからはそれまでより精力的に活動を始める。
軽音楽部に所属し定期的にライブをやり、文化祭では部活バンドの大トリを務めたりした。
学校外でもライブハウスのライブに参加したりして少しずつだが私達を聞いてくれる人が増えた。
最終的にライブハウスから課されるノルマ分ぐらいはSNSで告知をすれば来てくれる人を集められたのである。
高校を卒業したらこのメンバーと一緒に東京へ行ってメジャーデビューを目指す。
私は当たり前のようにそう考えていた。
他の子たちもそうであると勝手に思って疑わなかった。
「梨子ちゃん……ごめんね。私……高校卒業したら就職することになっちゃった」
高校二年生の冬休み明けの帰り道、一月の冷たい風が肌を突く中彼女は私に告げた。
彼女の名前は平田沙耶香。
家が近かったのもあり子供の頃からずっと一緒にいた幼馴染で親友でそして相棒だった。
「東京に行くのはどうしても親が許してくれなかった……」
彼女はボロボロ涙を零しながら私に言う。
口元を隠していたマフラーから真っ赤になった鼻が見えていた。
高校二年生の二学期、進路希望調査を四人全員で『ミュージシャン』と書いて提出した。
その時はみんなでオリコン一位目指すぞなんて言ってたがそんなに世の中甘くなかった。
私は沙耶香を抱きしめた。
沙耶香もたぶん親とぶつかりあったんだと思う。
子供が何の保証もない東京に行くなんて言い始めれば親としては不安しかないと思う。
そんなことは私たちもわかっている。
それでもバンドが好きで仲間が好きで、そして音楽が好きなのだ。
だからこそ彼女はこんなにも鼻を赤くしてまで泣いているのだろう。
「ずっとずっと、昔から私は梨子ちゃんのファンだよ」
「ありがとう」
私たちは抱き合って泣いた。
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