夢の幽霊
鬱金香
プロローグ : 夢を見た
夢を見た。
とてもリアルな夢。
トラックに轢かれそうになる夢。
青信号でトラックが横断歩道に突っ込んでくるなんて想像もしていなかった。
気が付き顔を上げた瞬間にはもう目の前にトラックが迫っていた。
ドンッ
私は突き飛ばされた。
体が宙を舞いながら今までの人生が走馬灯になって頭の中を駆け回る。
あの時こうすれば良かったのかなとか色々な思いと共に頭の中を駆け回る。
そして自分が決めた道を歩ききれなかった後悔。
諦めてしまおうと思ってしまった。
自信満々に上京してきた時とは真逆な感情。
自分を曲げた。
自分に諦めてしまった。
向き合うという辛い方ではなく楽な方に逃げてしまった。
その罰なのかもしれない。
聞こえる悲鳴。
たぶん事故を目撃した人が発したということはわかる。
しかし痛みは感じない。
正確に言うと飛ばされ、落下した背中の痛みはあるが飛ばされた衝撃の痛みは感じない。
「う、んん」
私は目を開けながら起き上がる。
目の前にすごい形相をした男性が倒れている。いや違う。顔はわからない。勘違いしてほしくないが決して頭を打ったから目がしょぼくれているとか顔が隠れていて見えないとかではなく、『わからない』
まるで絵の具で書いた絵を乾く前に指で伸ばしたように霞んで見えないという感じ。しかしすごい形相をしているということはわかる、感じれる。
そしてこの人が私を迫りくるトラックから助けてくれたことを私は一瞬で理解した。
「た、助けてくれたんですか?」
私が彼に問いかけると彼は頭を縦にカクカク振りながら同意のモーションをする。
「ありがとうございます。ほんとに助かりました!」
私は精一杯の感謝の言葉を告げる。
「僕のこと見えてるんですか?」
突拍子も無い質問にこんがらがっていた頭がよりこんがらがる。
「えーと……見えてるってどういうことですか?」
「あのぉ、一旦僕がいない
彼の言葉をいくら噛み砕いて考えてもよくわからない。
犯罪者で刑務所から逃走中だから警察に見つかると大変だということだろうか。
「いろいろ諸事情がありまして、僕がここにいるとまずいというかあまりよろしくないかなぁって感じなので、ギリギリ避けたら当たらなかったみたいな感じでお願いしたいんです」
やはりそういうことか。
しかしこの人がいなければ私はトラックに轢かれていただろう。どんなに悪い人であっても命の恩人であることは変わらない。
「わかりました!内緒なんですね」
私は軽快に告げる。
別に救ってもらえなくても………
そんな感情を出さないように。
悟られないように。
自分が命を掛けて救った人は別に死んでしまってもいいと思っていたなんて不幸にも程がある。
警察の人がやってくるがこの人は特に隠れるでもなく逃げるでもなくそこにいるだけ。
「気づいて避けたら……」
私は彼の指示通りに警察へ説明をした。
避けられたのはすごいとか色々言われたがあんまり頭の中には入って来なかった。
一応検査という名目で救急車で病院に行くことになったがなんと救急車に彼も乗ってきた。
診察中も彼は私を後ろから見守っていた。
不思議なことに彼は誰とも話さずただそこにいるだけであった。
私の検査結果は右足首の捻挫のみで特に強い痛みというのは感じないが少し痛む。
トラックとの交通事故に合ってこの程度の怪我で済んでるというのは本当に九死に一生を得るといった感じだと思う。
「本当にありがとうございました」
私は病院から少し離れた所まで歩いてきたタイミングで言った。
「なにか事情があるみたいですが、今回の件に関してはほんとに感謝してます。あなたがいなければ私は……」
「と、とりあえず、何もなくてよ、よかったでしゅ」
彼はおどおどしながら答える。
変な人。目の前にいるのはついさっき自分が大恩を売った人間なのだ。それを引合いに出して金銭を要求するなり関係を要求するなりなんでも出来るのに一切何もしない。
「熊井梨子です」
「おっ。あっ。えーと」
「名前です」
私は彼の挙動が少し面白くなってしまって笑みが溢れてしまった。
「私は熊井梨子と言います」
「っ。うっ。僕は、■■■■。といいましゅ」
何故か名前がわからない。
顔と同じで霞んでしまって上手く理解することが出来ない。
しかしその名前は、理解が出来ないその名前は復唱することはできる。
彼はやってしまったという顔をしながら少し顔を上に向ける。
語尾のことで後悔しているのだろうか。
それを見て私はまた面白くなって笑ってしまった。
ジリリリリリリリリリリ!
枕元にある、目ざまし時計が唸り声を上げている。
そうだ、今日はお姉ちゃんの出産内祝いを買いに行こうと思っていたのだった。
私は寝ぼけ眼で目ざまし時計を止めて、見ていた夢を思い出す。
とてもリアルで不思議な夢。
目の前に迫りくる死を実感するあの感覚はとてもではないが忘れられない。
私は起き上がっていた体を再びベッドに倒した。
どうしてもこれから出掛ける気になることが出来ない。
そう思いながら再び目を閉じた。
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