推しカツは君でした
戸森鈴子(とらんぽりんまる)
第1話 推しカツは君でした
親が悪い社会が悪いと悪態つきたいが、いや俺が悪いんです。
と結局わかってるんだよな。
「ただいま俺、おかえり俺」
厨二病をこじらせたような青春を送って、最悪死ねばいいとか思って適当に過ごして結局死ぬこともできずに出来上がった俺。
親にも兄弟にも顔を合わせたくなくて、俺は家を出た。
六畳一間のボロアパート。
でもボロでも俺にとっては初めての自分だけの城。
仕事は色々掛け持ち。
昼間の日雇い引っ越し屋をしたり、工場で半月働いたり。
そんな俺の楽しみは、半額のカツを食べることだ。
家の近くにある、肉屋さん。
俺は初めて知ったんだが、肉屋で何故か揚げ物を売っている。
コロッケ、メンチカツ、トンカツ。
もちろん貧乏だから、食い物も節約はしてるんだ。
で、ここの肉屋が19時半から半額セールをする。
個人の肉屋とか入りづらいし、入るつもりもなかったんだけど
やっぱいつも腹が減ってると少しの食べ物の匂いにも反応しちゃってね。
ふと立ち止まったら店先で女の子から
「あの、半額のカツ……どうですか?」
って声をかけられたんだ。
「あ……半額ですか」
「はい、今日はいっぱいありますよ! っていっぱいあったらダメなんですけど……だから是非!」
可愛い子だった。
天使みたいな笑顔でさ。
しかも俺にとっては高級なトンカツが半額。
抗えるわけもなく店に入った。肉屋なんか初めてだ。
「トンカツですね! あ、コロッケもつけちゃいます」
ってコロッケもサービスしてもらっちゃった。
「いいの?」
「残ったら廃棄になっちゃうから」
彼女はニッコリ笑った。
残ったら、どんなに優秀なものでも廃棄になって捨てられちゃう。
俺はそんなポエムチックな事を考えながらも
炊いた飯と一緒にソースをがっつりかけたトンカツとコロッケをかきこんだ。
もう最高に美味かった。
それから、俺も自分が気持ち悪いなーと思ったけど半額の時間に彼女が店の前に立っている時を見計らって店に行った。
今日も可愛い笑顔だ。笑顔が上手なんだよな。俺はニヤけた半笑いになっちゃうのに。
「親の手伝いなんですよ~」
「娘さんか~えらいね」
「ここでいっぱい売ったらお給料増えるんです」
「まじか、じゃあもう一つ買うかな」
「えへへ、まいどあり~!」
さすがに給料が入った日は、半額前にトンカツを買いに行った。
「今日、給料日なんでしょ~」
「よくわかったね」
「半額じゃないし、今」
「俺にハンガクオトコってアダ名つけてない?」
「ぷふー!」
色々話すことが増えたのに、俺は結局誘う勇気も出なかった。
笑顔の可愛い女の子。
どうにかしたいってよりは、あの笑顔が毎日の張り合いになってたんだよな。
ある日彼女の代わりにパートのおばさんが働くようになっちゃった。
さよならもなかった。
そして地下アイドルとしてデビューし一気に有名になった事を知った。
肉屋も繁盛しちゃって、半額を売ることはいつの間にかなくなった。
「先輩って今、推し活してます?」
なんとか仕事も続けて社員になった今、若い後輩には気楽にそんな話をされる。
「トンカツが一番推しだな」
なんてつまらんオヤジギャグで返すんだけど、本当は多少飽きながらも毎日コロッケやカツを買ったあの日々は推し活だったのかな? と思うんだよな。
彼女は早々に結婚して引退したそうだ。
今はもう胃がもたれるから、トンカツは食べない。
推しカツは君でした 戸森鈴子(とらんぽりんまる) @ZANSETU
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます