第十話

「あー、内藤さ……あれっ? 黒木さん戻ってきたんすかぁ」

 内藤美苗と一緒にサンパルト境町に戻ってきた黒木を、二階堂は若干の驚きと共に出迎えた。

「私が声をかけて、お付き合いいただいてるんです」

「へぇー。てか内藤さん、どうかしました? なんかテンション高くないすか?」

「それが二階堂さん! 見たって言うんですよ! 黒木さんが!」

 ロビーに足を踏み入れた美苗は、二階堂にスマートフォンを突きつけた。

 画面には三歳くらいの女の子が映っている。古い機種で撮ったのか、やや画質のよくない画像だが、顔立ちや楽しそうな表情ははっきりとわかる。

「ふぇ?」

「俺がここの空き部屋で見た女の子、し……例の子じゃなくて、内藤さんのお嬢さんらしいんです」

 黒木がそう言った途端、二階堂の顔色が変わった。

「はぁ!? えっ、ど、どうしよ」

「ど、どうしたらいいですかね!?」

 美苗がすごい勢いで二階堂に詰め寄る。黒木には何が起こっているのかわからないが、とりあえず二人を追って管理人室へと向かった。

「で、とにかく連れてきちゃったんです、黒木さん。あの、ほんとどうしましょう私、二階堂さん」

「はー……えっ、どうしよう。どうしろって話だったっけ……えー、とりあえずアレすかね。そ、相談しなきゃっすね、わかる人に。オレじゃどうにもこうにもなんで」

 二階堂は管理人室に戻り、焦っているのかガタガタと机にぶつかりながら固定電話に向かい、「あっ違った」と言って自分のスマートフォンを取り出して操作を始めた。

「メールメール。うおおお落ち着け落ち着け……」

「えー、ほんとどうしましょう」

 美苗はどうしようと言いながら涙ぐんでいる。黒木はやはり状況を飲み込めていない。二階堂がメールを送り終えて、「あっそうだシロさん! シロさん呼びましょう!」と叫んだ。

「えっ、あっ、じゃあ連絡します」

 何が起こっているのかわからないが、とりあえず黒木は志朗に電話をかけ始めた。


「呼ばれたからとりあえず来たけど……」

 管理人室を訪れた志朗は「これ、何の集まりですか?」と怪訝な顔をした。その様子を見て、どうやら志朗も事情をよく知らないらしい、と黒木は判断した。

「えーと、スイマセンちょっと落ち着きます。えーとその、まず内藤さんだ。シロさん、こちら内藤さんっす」

 二階堂が美苗を紹介し、美苗が「内藤美苗と申します」とお辞儀をした。

「あ、どうも……ん? 内藤美苗さん?」

 志朗は少し首を捻って、

「もしかしてアレかな、鬼頭さんにちょっと聞いたかも……」

 とぶつぶつ言い始めた。

「あー! シロさん聞いてます!?」

「そんなには聞いてないなぁ。ただ前住人の方がお子さんを探してるとしか」

「それ! それです!」と言いながら、二階堂がどんどん前のめりになっていく。

「あ、もしかして黒木くんが見てた子供ってそれ? ボクあの、し……あっちの方かと思ってたんですが」

「志朗さん、俺ひとりだけ何の話かさっぱりわからないままなんですが……」

「ボクも詳しくは知らんのよ。二階堂くん、鬼頭さんは来る? たぶんあの人が一番よくわかってるでしょ?」

「一応連絡して……あっ、返信きた返信!」

「二階堂くんちょっと落ち着いて」

「いやいやいや、事態が動いたんですって! 初めて! やばい興奮しますって!」


 鬼頭雅美がサンパルト境町に到着したのは、それから一時間ほど後のことだった。管理人室に現れた彼女はバッグからメモ帳を取り出し、初対面の黒木にそれを見せながらぺこぺこと頭を下げた。メモ帳にはこう書かれていた。

『わたしは声が出ません。ご了承のほどお願いします』

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