第十話

 真っ暗なキッチンの灯りを点け、私たちはダイニングテーブル越しに向かい合って座った。

 大家族だったのよ、と綾子さんは話し始めた。


 わたしの実家ね、昔は家の中にいっぱい人がいるのが当たり前だったの。

 田舎の旧家だったから家も広いし、誰かしらいないと怖くて仕方ないくらいだったの。大ばあちゃんとばあちゃんとじいちゃん、父さんと母さん、叔母さん、叔父さん、一番上の姉と旦那さん、姪っ子たち、二番目の姉さん、わたし……時々別の親戚がいたりしてね。そんなもんなのよ。わたしにとってはそれが普通だったの。

 あの頃は楽しかったなぁ。今はもう、実家の方はなんにもないけどね。家も家業もなくなってみんなばらばらになっちゃった。そうそう、女が多いの。そもそもうちって、女が家を継いでいたのね。どういうわけか、女ばっかり産まれる家なのよ。大抵お婿さんをもらうんだけど、それもちょっと面倒があってね……厭がるひとが結構いるのよ。三輪坂は……「人形つくりの家」は厭だって――。

 そうなの。友引人形の話をしたこと、あったでしょう。わたしの故郷ではああいう感じで、副葬品の人形を棺に入れていたの。今もやってるのかな、亡くなった人の死出の旅に、お供をつけてあげるのよ。

 うちは代々、その人形を作る家だったの。死人が出たら必ずと言っていいほど入れたっけ。入れないと家族が連れていかれるっていってね――でも、ちい姉さんは信じてなかったな。わたし、二番目の姉のことをちい姉さんって呼んでたの。ちい姉さんが信じてなかったからあんなことになったんだろうな。

 人形って、作り貯めはしないのよ。誰かが亡くなると連絡がきて、それで初めて作り始めるの。そういうものなの。特に母はうまくてね――もう亡くなったんだけれど。

 うちの分家で子どもが亡くなってね、そのときも副葬品の人形を母が作ったの。小さな子につけるやつだからって、特に念入りに作っていたっけ。

 それを先方に持っていこうってタイミングで、母が突然倒れたのよ。本当に突然でね、救急車を呼んだんだけど、その日のうちに亡くなったの。

 もう大騒ぎよ。そんな状況でも、人形は向こうに届けなきゃいけないでしょ。それをちい姉さんがやることになって――ああ、あのときわたしがやっておけばなぁって、今でも思うのよ。

 ちい姉さん、自分が急いで作った人形と母の人形をすり替えたの。

 なんでそんなことしたんだって、驚いたけどね。ちい姉さんが言うのよ。「母さんの最後の人形を、本当に燃やしてしまっていいのか」って。形見としてとっておきたい、こんな人形作れる人なんてもう早々出てこないって言うのよ。

 家族みんなが怒ったけど、ともかく代わりの人形は向こうに渡しちゃったし、その頃にはもう人形は焼いちゃっててね。とにかく黙っておこうということになった。

 でもそれはやっちゃいけないことだったの。

 死人から副葬品を奪ったってことだからね。特に人形つくりの家のものがそれをやっちゃったんだから。

 亡くなった子の四十九日の夜に、不審火で家が焼けたの。古くて天井が高いせいかな、あっという間に火がまわったんだって。家にいた人、だぁれも助からなかったの。

 わたし、その日たまたま盲腸炎で入院してて、ひとりだけ無事だったの。無事だったけど何もかもなくなって、ひとりぼっちになっちゃった。なのにあの辺じゃやっぱりまともに結婚もできなくてね――家が焼けたって「人形つくりの血筋」には変わらないわけだから。だからこっちに出てきたの。たぶんもう帰ることもないだろうなぁ。

 その代わり、新しい土地で新しい家族を作りたいなと思って。色々あって圭さんと結婚できたし、おとうさんやおかあさんやおばあちゃん、美苗さんや桃花ちゃんにも会えて本当によかったの。でも、もっと賑やかな方がわたしは好きだな。広い家にひとがたくさんいて、みんな仲良く暮らすの。わたしはみんなのご飯を作って、たくさん洗濯をするのよ。晴れた日には何枚も布団を干して、靴を何足も洗うの。

 それがわたしの夢だったの。


 私は綾子さんの話を、黙って聞いていた。

 ドアの向こう、キッチンの外に何かが立っているのが、目の端にずっと映っていた。曇りガラス越しに人間の頭のようなものが見える。私はなぜかそれを「小さな女の子がいる」と思った。

「わたしのお腹で子供が育たないってわかったときはショックだったな。子どもの世話もしたかったのになって。子供っていいよねぇ、本当にかわいくて面白いよね。だからこの家はいいなって思ったの。しいちゃんがいるからね」

 綾子さんはそう言い終えると、何事もなかったかのように立ち上がった。

「ちょっと待って、子供って」

「この家には子供がいるじゃない」

 綾子さんは当然のように言い放った。

「そろそろ寝ましょうか。もう遅いから」

 そう言うと、綾子さんは何事もなかったかのようにキッチンを出て行った。

 去り際に彼女が開けたドアの向こうには、やはり何もいなかった。

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