第六話

「あばっ、わ、わたし、すみません。ちゃんと自己紹介してませんでした」

 突然そう言った鬼頭さんは、私に今度は深々とお辞儀をした。

「わたし、き、鬼頭雅美といいます。鬼の頭に、みやびで美しいと書きます。あの、その、すっ、すごい名前負けですけど」

「いや、そんな」そう言われてもリアクションに困る。「私、内藤美苗と言います。父から聞いているかもしれませんが」

「美苗さんですね。よ、よろしくお願いします」

 鬼頭さんは自らを「拝み屋」だといった。

「うちに代々伝わる方法があって、その、なんか、わりと変な感じなんですけど、ほ、細々と、やってます」

 と、なぜか恐縮しながら話していたが、具体的にどんな方法なのかは教えてもらえなかった。

「あの、『井戸の家』、というかその、なっ、内藤さんのお宅なんですけど、ほんとあの、わたしなんかじゃどうにもならない感じで――た、たぶん、わたしなんかよりも強いひとが、長い時間をかけて浄化すべきものというか、その」

 すごく寂しがり屋なんです、と彼女は突然言った。鬼頭さんのことかと思ったら「そういうものがあの土地にいるんです」ということらしい。

「わ、悪いことをしてやろうっていうよりかは、その、たぶんですけど、すごく人恋しいんじゃないかなって……わ、わたし、ほんと『見る』のは得意じゃないので、その、よくわからなくて申し訳ないんですが、でも、その――だから、呼ぶんです」

 青空の下で、彼女の「呼ぶんです」という言葉はひどく場違いに、不吉に響いた。

「自分たちのところに、その、誰か来ないかなって、ずっと思っていて――だから呼びに来たでしょう?」

 来た。家の中を走りまわり、私を騙って桃花を連れて行った。母のベッドの周りを回るものもいるという。

 私は今日がいい天気でよかったと思った。こんな話、明るいところでなければ聞くことすら拒否してしまいそうだ。私がうなずくと、鬼頭さんは安心したようにうなずき返してきた。

「だっ、だから人形を入れておくと、ちょっとの間ですけど、その、ごまかせるんです。誰かいるなって、その、勘違いして……あの、お子さんはたぶん、たっ、魂が半分くらい、あの部屋にいるんだと思います。だから目が覚めないんだと」

 そう言われると、改めて背筋が冷たくなる。

「私、桃花のために何ができるんでしょうか」

 私が尋ねると、鬼頭さんは「い、いっぱいあります!」と意外にも力の入った声で応えた。

「まず、ええと、とっ、時々あの部屋の前で、その、お子さんの名前を呼んであげてください。その方がたぶん、も、元に戻しやすくなると思うんで……あと、その、ちゃんと食べたりとか寝たりとか、してください。美苗さんが元気なのって、ほんと、大事なので。お子さんがも、戻ってきたときに、ちゃんと元通りの生活に戻れるようにって、その、すごく大事なので、わっ、わたしも」

 がんばりますので、と鬼頭さんは言った。自信満々とは言えないけれど、確かにそう言ってくれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る