勇者の土産

「また異世界ですか」

 勇さんは自称、勇者だ。異世界に旅に出かけているという。もちろん、ジョークだろう。

 図書館の前に小さな公園がある。公園の公衆トイレの前に三台並んで自動販売機がある。真ん中の自販機が異世界への扉だ、と勇さんは主張してはばからない。

 釣銭切れの表示がしてあるときに、自販機を鍵なしで開けることができ、そこから異世界へとワープすることができる……のだそうだ。もちろん、嘘に違いない。

 高校生が誰でも異世界もののライトノベルが好きだなんて思わないでほしい。なんだかなめられているような気がして、ちょっと気分が悪い。

「今回の冒険はいかがでしたか?」

 いつだって鈴木さんは勇さんのホラ話に付き合う。まぁ、それがサービス業の宿命なのかもしれえないけれど。

「魔王から村を救ってきたよ。そうだ、これ、やるよ、鈴木」

 勇さんはキャリーケースとは別に持っていたビニール袋から紙袋を取り出した。

「こっち、来ませんか」

 石田さんに手招きされた。

「そうだよ、つまんねぇ、お勉強なんぞやめて、こっち来いよ、少年。なんなら、一杯おごってやるぞ」

「アルコールは駄目ですよ」

 すかさず、石田さんが釘を刺す。勇さんという人は豪快なので、本当にお酒を飲ませようとしかねない。

「かたいねぇ、石だけあって、かてぇわ」

「うちの店、潰したくなかったら、法律は守ってくださいね」

 微笑みながら言うと、鈴木さんからグラスを差し出された。僕の好きなアセロラジュースだ。

「勇者様から、労いの一杯です」

「つーわけだ、はい、乾杯」

 勇さんがグラスを掲げ、石田さんと僕もグラスを持ち上げる。

「私もご馳走してもらえるかと思ったんですけど」

「うるせぇな、鈴木にはこれだ」

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