勇者の帰還
勉強するためだよ。
学校に行けない僕は普段、図書館で勉強している。残念ながら、図書館は20時で閉まってしまう。
だから、22時までは「ブラッドベリ」の二人がけのテーブル席で勉強する。間接照明は、なかなか勉強がはかどる。「ブラッドベリ」は常連さんが多い。お客様のほとんどがカウンターでお酒や料理を楽しむ。
ふりで初めてのお客様がグループで来店することもあるが、そのときは四人がけテーブルを使う。二人用のテーブル席が使われることはまずない。
もっとも、僕だって子どもじゃない。いや、年齢的には子どもだけれど、空気を読み、マナーを順守するという点では大人の振る舞いができる。
混んでいれば、店に入らないし、勉強しながらも油断なく店の外を観察し、出ていったほうがよさそうなときは、すぐに店を出る。
今日は空いている。カウンターには石田さんしかいない。
「マスター、私のボトルでソーダ割り、二杯お願いします」
妙なオーダーにも鈴木さんは動じない。にこやかに「かしこまりました」と応じる。スマートの権化みたいな人だ。
「二杯ですか?」
つい僕は尋ねていた。
「うん、勇者がご帰還のようだからね」
勇さんが来たのだ。
透明な自動ドアをくぐるなり、勇さんは言う。
「おぉ、少年。役に立たない勉強、ご苦労ご苦労。なんだ、石田くんもいたのか」
勇さんは常連の一人だ。
「なんだいたのか、とは、またずいぶんなご挨拶ですね。一杯おごりますよ。この前、お土産でいただいたアイラのお礼です」
石田さんの右隣のスツールに勇さんが腰かけるなり、「どうぞ」と鈴木さんがスコッチのソーダ割りを差し出す。
「相変わらず、目ざといね、あんた。そこ通るの見てたのか」
勇さんが窓を指差す。
「今日、お戻りだとうかがってましたから」
石田さんは三十代に見える四十代、勇さんはお腹の膨らんだ立派な五十代。だから、石田さんは敬語を使う。もっとも、石田さんは誰に対しても丁寧な言葉遣いをする。
ソーダ割りを一口啜って、勇さんはテーブルに手をつき、僕のほうを見た。
「今度の旅は大変だったぜ。どこ行っていたと思う?」
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