第78話 遺品

少しずつ、おばあちゃんの財産の全貌が見え始める。

土地、建物、預貯金。

人の財産を預かるのはとても怖かった。しかもそれは恐らく今までに見たことのない金額になる。土地の一部を売り、入った現金で相続税を支払う。そこまでして私が相続することを彼女は望んでいたんだろうか。一つ片づける度に迷う。


「誰でもしてるみたいだぞ。」

誰でもって、相続を呼吸のように思わないで欲しい。山下のお気楽発言がまた私を悩ませる。

「いや、事務所のスタッフに聞いたらさ、相続税を払うのに土地を切り売りするってよくある話なんだって。」

そう言われて幼少期のことを思い出す。実家の裏のお宅が子供の代になってから土地を半分にしてリフォームしていた。今まで庭だったところに、小さな建売住宅が建った。あれは相続税を支払うためだったのかもしれない。


「そうか、それも一つの策かもしれないね。おばあちゃんは何を望んでいたんだろう。」

「土地を切り売りするのも想定してたんじゃないか?庭の一画がほとんど使われてないだろう?あんなに畑の手入れをしっかりする人なのに。」

だいぶ前、私が耕すから庭の畑をもう少し広げようと言った時、おばあちゃんは今の広さで充分だと言った。私がやりたいと言うことに反対しない人だったから、その時少し違和感を感じた。でもそれはとても些細なことで、あっという間に記憶の隅に追いやられてしまっていた。あの時から既に今日の日を思い描いて暮らしていたのか?何度でも涙がこぼれ落ちる。私なんかのために。何もしてあげられなかった。もっとお礼を言いたかった。もう、謝ることも出来ない。


「メイ、ちょっと来てくれ。」

山下の声が遠くに聞こえる。泣きながら声の場所を探すと、一番奥の部屋の押し入れに頭を突っ込んでいた。お尻だけが見える。

「何してるの?」

山下が引っ張り出してきたのは大きめのダンボール箱だった。

二つの箱にそれぞれ「さつきちゃん」「山下くん」と書かれている。


さつきちゃんの箱の中を先に見て言葉を飲んだ。

「山下、これどういうこと?」

「そういうことなんだろうな。母ちゃんが望んでいたこと。なぁ、メイ。俺たち、もういいんじゃないかな。」

「そうだね。」さっきとは種類の違う涙が溢れる。


箱にきれいに詰められていたのは、お手製のウエディングドレスとタキシードだった。いつの間にこんなものを作っていたんだろう。


「山下、おばあちゃんに着ているところ、見て欲しかったよ。」

「ほんとにそうだな。ちょっと着てみろよ。絶対似合うぞ。」

床のきしむ古い和室で、ウエディングドレスの試着をした。服のサイズの話なんて一度もしていないはずなのに、誂えたかのようなフィット感だった。そして年齢を考えてくれているのか、フワフワキラキラしていないシンプルなデザイン。


「開けるぞ。」

山下がおそるおそる戸を開ける。

「メイ、すごく似合ってる。」

正直、小さな鏡台に映し出される自分の姿はとても見られたものではなかった。ドレスはとてもきれいで申し分のない物なのに、鼻と目からありとあらゆる液体を流し続け、真っ赤な顔をしてしゃくり上げるおばさん。何と何が似合っているって?そんなことより、早く脱がないと鼻水でせっかくのドレスを汚してしまいそうだ。


「ティッシュ・・・。」

そう言いながら、しゃがみ込む。山下が慌ててどこかへ走る。早くティッシュを渡してくれないと、ドレスにしわとシミがつく。走って戻って来た山下の手にはバスタオルが握りしめられていた。半ば奪うような格好でタオルを受け取り、顔を拭きタオルの中でまた涙を流す。そんな私をタオルごと抱きしめる。

「こんな体のラインが出る服を着ているところ見たことなかった。メイはすごく細いんだな。母ちゃんよくサイズが分かったな。」


「そんな、どうでもいい事、今言う?」

泣きながら笑うと、山下も同じような表情をしていた。私と違うのは顔が赤くならないし、目も充血しない。役者さんなんだなぁと変なところで再認識する。

「片付けようか。」

「ちょっと待て。俺も試着する。一緒に写真撮ろうよ。」

おばあちゃんからのとんでもない贈り物のせいで、家の片づけが少し先送りになり、自分の人生設計ではあり得なかった写真がアルバムに付け加えられることになった。




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