第77話 おばあちゃんの思い

たくさんのモヤモヤを抱えながら、この日を迎えた。


おばあちゃんの家に集まる。

遠野弁護士、親方、山下と私、そして息子。弁護士からの電話には出たらしい。緊張した空気が流れる中で、息子はニヤニヤしている。


「自分の親が亡くなって、なんであんな顔してる?」

山下のヒソヒソ話は本人の耳にも届いた。

「すいませんねぇ。生まれつきこんな顔なんです。それより、早いところ済ませてしまいましょうよ。ね、遠野さん。」

おばあちゃんから息子のことを正しく伝えられているのか、遠野弁護士は横柄な態度を取られても、全く表情を変えない。


「そうですね。では読ませていただきます。」


ピリピリっと小さな音がして、和紙で出来た封筒が丁寧に開封される。


「土地、家屋、現金、預貯金他全ての財産の管理は西園寺亘さんと長井さつきさんに一任します。」

しーん・・・という音が聞こえた気さえした。


「ちょっと待てよ、どういうことだよ。そんなの認められるか。あんた達他人だろうが。」

静寂を破ったのはもちろんドラ息子の怒号だった。

「日付が書かれ、署名捺印がされている正式な遺言書です。」

遠野弁護士はシステマティックに読み上げた紙をまた封筒に戻した。

「おかしいだろ。俺息子なんだぞ。ばーさんが死んだら全部俺の物だ。」

「有効な書類ですよ。」弁護士に穏やかな口調で言われるとドラ息子はヒートアップしてしまう。

「うるせー。お前ら何か悪だくみしてるんだろ。返せ俺の金。」

近くに置いてあったゴミ箱を蹴り上げる。


「いい加減にしてくれないか。」

私が口を開く前に山下が話し出した。穏やかな口調だ。だからこそ激しく怒っているのが私にはわかる。

「こっちは親を亡くしたようなもんだ。金の問題じゃない。悲しみ傷ついているんだよ。」

「そうだろ?金の問題じゃないよな?金は俺がもらっていいよな?」

揚げ足を取るような言葉に私が我慢ならなくなった。

「『渡します。』ではなく、『一任します。』という言葉を選んだのが、彼女の最後の優しさでしょうね。それすらもあなたには伝わらなかった。私と西園寺でこの家を維持し相続します。早く出ていきなさい。そして、二度と来ないで。もし来たら警察を呼びます。」

毅然とした態度や権力の有る者に負け犬は弱い。


「うるせぇ、こんな家いらねーんだ。俺は金さえあればいいんだよ。燃やしてやるこんな家。」

「そこまでにしないと、どんどん罪が重くなりますよ。恐喝、強奪?放火?」

弁護士さんの一言に言葉を飲み込んだ。

「誰がなんと言おうと、俺の家だ。俺の金だ。勝手に使うやつは訴えてやるからな。」

「争いますか?正式な遺言書がある以上、あなたに勝ち目はありませんが。」

「ちっ。また来るからな。」

「何度来られても同じですよ。」

玄関のドアを乱暴に閉めて出て行った。


「可哀そうだね、あいつも母ちゃんも。」

山下の悲しそうな顔が好きだ。本当に悲しんでいるのが伝わってくる。あの子との人間関係によっては、おばあちゃんもこんな遺書を残さなかった。


「追い返しちゃったけど、こんな言葉を遺してるなんて思ってなかったよ。どうしよう。」

「俺もびっくりした。どうしたらいいんだろうな。」

私は大切な人を亡くしたことがなかった。なぜなら、人を大切に思わないから。初めてお葬式で号泣した。そして相続。初めてづくしで頭が痛い。

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