第76話 元アイドルは今

テレビ局から取材の依頼が入った。

詳しいことは分からない。山下がそう言っている。


「俺が今どんな生活をしているか、取材したいんだって。」

引退しても連絡先が把握されている。マスコミはあらゆる手段を使って何でも調べ上げる。人探しは得意中の得意だ。


「どうするの?」

以前、週刊誌の記者に追われた私と山下が一緒に喫茶店を経営している。それが世に知られたら、数々の面倒が襲ってくるに違いない。

「テレビを見た人が来てくれて、売り上げを伸ばせるなら、受けてもいいかなぁと思う。」

そう言うだろうなと予測はしていた。


「でもさ、メイのプライバシーは守らないと。」

自分は元商品。でも私はそうじゃない。そこは理解してくれているようだった。

「うまく使えば、宣伝にもなって、舞台の仕事がやりやすくなる。」

持ちつ持たれつの関係なのだという。私には理解できない。


結局、取材は受けることになった。もちろん、私は出ない。土地を借りてほぼ一人で喫茶店をやっているという体にする。住所も非公開。それでも調べて来店する人が今後の売り上げに貢献してくれることになる。店の外観や店内、コーヒーと軽食、焙煎風景の撮影。焙煎は私しかやっていないので、撮影当日までにかっこがつくレベルになるように練習する。美味しくできる必要はない、美味しい物を作っているように見せられたらいい。俳優業だ。町の人にも協力してもらう。農家さんから野菜をもらうシーン、親方と一緒に木材を運ぶ場面。


大きなテレビカメラ、モコモコしたマイク、色とりどりのコード、窓が黒く塗られたバン、そんなものを見て、みんなは改めて山下が芸能人だったことを再認識する。面白がって取材に協力すると言った人たちがみんな緊張していた。いつも通りのところを見せてくださいと言われた親方が、普段と違って一言もしゃべらない。黙々と店の看板に色を塗っていく。山下も隣で黙々と端材を集めている。


「いつもそんな感じなんですか?」

思った映像が手に入らないディレクターが尋ねる。

「全然違う。食べてる時以外はずっと喋ってる。」山下の一言にスタッフが笑い、親方一人苦い顔をしている。この一部始終のやり取りを含めてオンエアされることになった。


走り込んでいる姿や、夜にダンスの自主トレをしているところも撮影された。

「もう一度舞台の仕事をやってみたいと思っていてね。今度は役者さんの指導とか演出に携わってみたくて。」

カメラの前で山下は笑う。何も変わらない。カメラに囲まれて話す山下と、二人でお酒を呑むときの山下。同じ笑顔、同じ声の調子。ジョギングに付き合って一緒に走るカメラマンを労う。誰にでも優しい。単純に人間が好きなのだろうが、なかなかこんなに上手に人づきあいを出来る人はいない。みんなが楽しそうにしていると、本当に嬉しそうな表情をする。山下のどんなところが好きかと問われたら、私は迷いなく、

「誰にでも優しくて、人の幸せを自分のことのように喜べるところ。」と答える。


遠い昔に出会った、ただの酔っぱらいは、長い年月を経てかけがえのない人になっている。あの飲み会に出席しなかったら、この町に家を買わなかったら、私はどんな人生を歩んでいただろう。たくさんの失敗や後悔もある。でも今こんなに幸せに暮らせているのは、数々の分岐点で正しい選択をしたという証なのではないか。

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