第73話 夜更かし
やっぱり眠れない。
体はクタクタなのに、ウトウトしては目が覚める。初めて大切な人を失うという体験をした。昨日今日で現実を受け入れられるはずがない。今行ったら、あの家に何事もなかったかのようにおばあちゃんがいてくれるのではないか、本気でそう思って服を着替えた。
階段を降りると、リビングに灯りがついている。
ダイニングで山下が座って微笑んでいた。
「どうした?夜中の2時だぞ?」
夜中の2時である現実、山下が起きて笑っている現実。そういえば今日は泊まるって言ってた。
「多分、今ならおばあちゃんが家にいると思うから、ちょっと会いに行ってくる。」
「待って。コーヒー飲んでからにしようぜ。俺も一緒に行く。」
夜中に、いるわけのない人を訪ねて出かけようとしている私を全く否定せず、手早くコーヒーの準備を始める。お湯を沸かし、マグカップを温め、豆を挽く。いい香りが漂う。テーブルにはきちんと小さめのマットが敷かれている。
どうした、なんて聞くまでもなく、私が眠れずに起きてくるのを分かっていたんだろうか。そして、それが何時になるか分からないのに、ずっと起きて待ち、疲れも見せずにコーヒーを淹れてくれる。
「眠れない時にコーヒーなんか飲んだら、余計目が冴えるかな。」
そんな言葉とともにテーブルに置かれたコーヒーは特別にいい香りがした。私の大好きなチョコチップクッキーも一緒に並んでいる。
1時間ほど他愛のない話をした。ほとんど一方的に私が話していたと思う。
ここというタイミングで
「母ちゃんとこ行くのは朝になってからにしようぜ。」と言われて、涙がこぼれた。
「寝るまで、着いててやる。」
ベッドに戻ると、山下は床に座り込んだ。それからも私は話続け、山下は頷き続けた。おばあちゃんと一緒に眠った日と同じだ。
窓の外の明るさで目を覚ました時、最初に目に入ってきたのは、座ったままでうたた寝している山下の姿だった。慌てて毛布を掛けると目を開けた。
「おはよう。」
「山下、ごめん。ちゃんと布団で眠らないと、風邪を引くし疲れが取れない。私なんかのために本当にごめん。」
「メイのため。当たり前。『私なんか』って二度と言うな。」
笑って頭をポンポンする。初めてされた時はすごい抵抗があったのに、今は言いようのない安心感がある。
「顔が疲れてる。」
どのくらいの時間、同じ場所に座っていたのか、どんなに笑顔を作っても全身から疲労感がにじみ出ている。
「少し、休もうかな。メイ、母ちゃんとこ行くのは午後からでいいか?」
日が昇ると真夜中に押し寄せた不安や孤独感は息を潜め、現実を理解できる私がいる。そして、夜中の約束をちゃんと果たそうとしている山下がいる。
「そうだね。しっかり休んでから、片付けに行こう。親方にも声掛けなくちゃ。」
私の返事に安心したのか、疲れた顔に眠い表情が追加される。
「店で軽く何か作るからさ、一緒に食べて体温めてから二度寝しよう。」
いつもは山下が「何か作る」と言ってくれる。私からの提案に大喜びした。
トーストとスクランブルエッグとソーセージ。食後にリンゴ。コーヒーは軽めに焙煎したモカ。
店に立つと、可愛いおばあちゃんの姿が思い出される。背の高いカウンターチェアに一生懸命座ろうとしていた。
カウンターがいつもより少し広く感じる。山下も同じことを思っていた。
「母ちゃんも一緒に食べてるな。」
「そうだね。」
もう一杯コーヒーを淹れ、いつも彼女が座っていた席に置く。
きちんと朝食を食べると、きちんと睡魔が襲ってきた。
山下が部屋に戻るのを見届け、私も自室へ戻る。暖かい布団に潜り込むと夢も見ない深い眠りに着いた。
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