第72話 葬送

お別れはとても賑やかだった。


急とはいえ、元気に長生きをして見事に旅立ったおばあちゃんの葬儀は、涙だけではなく集まった人たちの笑顔で溢れていた。今どきの葬儀場で行われるシステマティックな物ではなく、昔ながらの自宅で執り行われる温かいお葬式。いつもの部屋でおばあちゃんは眠っている。何回も二人で並んで眠った部屋だ。たくさん話を聞いてもらった。私が話し続けると何時まででも起きていてくれた。得体の知れない不安に襲われた子供がそうであるように、おばあちゃんと並んで眠る日はなぜか心が落ち着いて、いつもより深く眠れた。幸せな思い出が多すぎて、何度も涙が出たり止まったりを繰り返す。


慣れた台所で、来訪者のための食事を準備する。近所の女性たちが総出で煮物やおにぎりを作り、弔問客に振る舞う。おばあちゃんの台所には、まるでこの日のために準備していたかのように、一人暮らしとは思えない量の食器がある。


結局、あのどら息子とは連絡がつかない。皆で何度もおばあちゃんの手帳に書かれた同姓の番号に目星をつけて、電話をかけ続けた。倒れた日から毎日。呼び出し音が鳴っているから、着信履歴が残るはずなのに、一度も折り返しがない。私から見たら許しがたいポンコツ息子だけど、おばあちゃんにとって大切な子供なんだろうと思うと、連絡をとらずにいられなかった。そして、告別式の日まで話が出来ず、やっぱりアイツはポンコツだと、一人で怒り狂う羽目になる。


「ほっとけ。」

一度会った日に、先に怒りをあらわにしたのは山下の方なのに、今では何も言わない。

「何か事情があるんだろ。後悔したって、アイツの勝手だ。」

確かに。おばあちゃんも、息子との間に何があったのか、全く教えてくれなかった。


喪主のいない告別式。

親方が、町の代表として全体を取りまとめていた。

「さつきと清はここへ座れ。」

親族として、子供として一番前の席に座り、お焼香が始まると、全員に挨拶をする。

町の人もそれを不思議と思わず、おばあちゃんにお別れをした後、私たちにお悔やみの言葉をくれる。

「さつきちゃん、しっかりね。」とか「山下君、さつきちゃんを頼むね。」とかそんな一言。そういえば、おばあちゃんも生前「ずっと仲良しでいてね。」と言っていた。おばあちゃんは旦那さんと仲良くなかったんだろうか。私がこの町に来たときにはすでに一人暮らしだったから、それ以前の生活についてほとんど知らない。振り返ると私にお母さんがいてくれた時期はとても短かった。もっと一緒にいて欲しかった。また涙が溢れる。


山下は気丈に弔問客の対応をしている。兄妹、あるいは夫婦のように喪服で並んで立ち、帰っていく人たちに頭を下げ続けている。こんなに心のこもったお辞儀をしたのは初めての経験だ。私の肩を叩く人、山下の手を握る人、何か言いたいのに涙で言葉にならない人。そんな町の人たちにお礼を言い続けた。さっきまでなんともなさそうだったのに、山下の前に立った途端に大声で泣きだした藍ちゃんを見て、私も一緒に声を上げて泣いてしまう。


「お別れは今日で終わりだ。今のうちに泣いとけ。明日から、片付けするぞ。」

親方の聞き方によっては心無いように聞こえる一言が、私にとってはありがたかった。おばあちゃんのため、そして自分のためにやれることがまだあった。無心で体を動かしていた方が、気が紛れる。悩みやストレスの根源について、私は常に考えている。どうすれば、このストレスから解放されるのか、正しく状況を把握して、正しく成敗してくれる人はどこにいるのか、そんなこと。気分転換する暇があったら、ハラスメントの加害者をきちんとした手順で訴える道を調べたかった。でも会社のいじめなんて倒産するか、自分が退職する以外に解決策はない。今思えば、そんなどうしようもない問題を一日中考えて長い時間を無駄に使ってしまっていた。しっかり前を向いて生きるようになってから、体が良く動くし、マイナス思考ともお別れした。どんなに思い悩んでも私のお母さんは帰って来ないと決まった以上、悲しんでいるだけでは何も進まない。そして、悲しんでいる暇もないほど、葬儀告別式は忙しい。


全てが滞りなく終わって、おばあちゃんが小さな陶器に入って帰って来た後、みんなが自宅へ戻り、静かな時間が訪れた。この寂しさに耐えられるんだろうか。


「メイ、今日母屋に泊まっていいか。リビングのソファで構わない。」

山下の提案を私は断らなかった。

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