第69話 救急
「おい!さつき、いるか?清もすぐ来てくれ。」
親方の声にただならない空気を感じる。そんな大声を出さなくても、うちにはチャイムがあって、カメラ付きのインターホンもついている。ポチっと押してさえくれたら、外に出る。そもそもこの町に来てから、鍵をかけない時もある。戸を開けて呼んでくれたらそれでいい。
扉が全開の軽トラはエンジンがかかったままで、私たちが乗ったらすぐに発進できるようになっている。メイクもせずポケットに鍵と財布を入れて助手席に乗った。山下が乗ってくるとぎゅうぎゅうだ。文句を言う前に車は急発進した。
「畑でばあちゃんが倒れてた。」
大きなエンジン音でかき消されそうな親方の声。それでもはっきりと私たちの耳に届いた。
「現場に向かう途中で見つけて、今、若いやつらに救急車呼ばせてる。」
いつもの畑が見えてくる。のどかな風景をたった二つの赤い回転灯が一変させている。
「何があったの?」
車がちゃんと停車しないうちに悲鳴に近い声を上げて飛び降りようとする私を山下が制する。おばあちゃんが担架で運ばれていくところだった。
「娘さん?」
救急隊員がいたって冷静に声をかけてくる。
「いや、俺たち子供みたいにかわいがってもらっているから。倒れたって大工さんがすぐに知らせてくれて。」
「おばあちゃん、一人暮らしなんです。私も一緒に病院行きます。」
担架より先に救急車に足を突っ込んだ私は、もちろん引きずり降ろされた。
「誰か身内の人を知らない?」
明らかに年下の仕事が出来そうな救急隊員は冷静で横柄で、パニックになっている私を理由なく苛立たせた。
「息子さんが一人離れて暮らしてる。」
山下の一言で、あの朝から金の無心に来た男の顔を思い出した。
「おばあちゃん、スマホ持ってないから。自宅に何か書き留めてあれば連絡先が分かるかも。」
「清、乗れ。ばあちゃんとこで手帳探してみるぞ。さつきは一緒に病院行け。」
軽トラは親方の迅速な判断のもと、あっという間に姿を消した。それと同時に受け入れの病院も決まる。
「乗ってください。先ほどの方たちにも病院の住所を連絡してください。」
急に言葉遣いが丁寧になった。
「おばあちゃん?おばあちゃん!?」
手を握って声をかける。返事はない。
大人はどんな事情があっても、きちんと連絡をしなければいけない。いつ誰に教わったのか忘れたが、私はその自分ルールをずっと守ってきた。高熱でうなされるような状態でも会社には自分で電話をする。当たり前のことが出来ない人が世の中にはたくさんいて、いつも私は心の中で怒っていた。
「3日前に身内で不幸があったから。」という理由で約束を当日にドタキャンした人には「ご愁傷様。それ、もっと早く連絡できたよね?」とハッキリ伝えて縁を切った。そんな私が、その日の仕事をすっぽかしている。今日は朝から農家さんを巡って収穫と箱詰めの仕事があった。
「メイ、大丈夫だから。みんなおばあちゃんを心配してる。」
病院の住所を知らせた時に、山下から言われて我に返った。今日は行けなくなったってみんなに連絡をしてくれていた。工場にも。いつだって山下の少し前を歩いていたつもりだったのに、今日はいつもと違う。
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