第66話 移転。ルーティーン。

話し合いを重ね、休憩処もみじをいったん解体し、自宅を広げることにした。


今まで、親方には山下が住む家を探してもらっていたが、喫茶店を建てる土地を探してもらうことになる。思い入れのある休憩処を壊すことに、親方は何の迷いもなさそうだった。むしろ、嬉しそうだ。


「さつき、喫茶店は焙煎の工房と別棟にするのか?」

「そんなに広くしなくていいよ。ただ将来のことを考えると、少し大きめの焙煎機が置けるスペースと煙突穴を確保したいかな。」

将来のことと言えばかっこいいが、つまりは老後のことだ。網で焙煎するのは疲れる。少しずつ機械に頼らなければならない日がやってくる。


自宅を探してもらっていた時と打って変わって、山下はイキイキとしていた。駅から近いメリット、遠いメリット。土地の広さを見て、ここに店を建てるならどんな間取りにするのか。夢や希望がポンポン飛び出してくる。


「あのね、無限にお金があるわけじゃないの。会社も辞めちゃったし、新しくローンを組むのは大変なんだからね?」

瞳をキラキラさせている山下を諭し、備品は全て今ある物を使い、余分な買い足しはしないで済む広さの土地を探す。


「さつき、家の方はどうするよ?」

親方は自宅の改装が嬉しくて仕方ないようだ。

「休憩処をリフォームして山下の家にしたいんだけど。」

即答すると、一瞬表情が曇ったように感じた。

「あ、そうなのか。」

「二階はほぼそのままで、店舗スペースだったところにリビングダイニングキッチンとトイレ浴室洗面台ってとこかな。もう一部屋作れたらいいんだけど、スペース的にどうかなぁ。」

「あ、いや、てっきり母屋を広げると思ってたからさ。そうかそうか。もう一部屋どころか、二階も改装すればもっと部屋作れるぞ。一階に浴室作ったら今のシャワールームいらないだろう。清はどんな間取りがいいんだ?」

「うーん。」


なんとなく歯切れが悪い二人にもどかしさを感じながら、取り急ぎ店の場所を決める。古い家が建ったまま放置されていたところを改装するのが一番安く済みそうだ。今までの店とは趣の違う古民家風の休憩処が近い将来開店する。不安の方が大きいけれど、やっぱり楽しみだ。


親方の表情がいつまでも脳裏に残っている。想像だけど、一緒に住む=同じ家に住むだったのではないだろうか。それが同じ敷地の別棟と分かって少しがっかりしている。私と山下に一つ屋根の下に住んで欲しいのか。なぜ?


長年一人で生きて来た私には、他の人にとってどうでもいいようなルーティーンがたくさんある。木曜日の朝はアラームを止めると同時に毛布を洗濯機に放り込みシーツを交換する。月曜の晩は台所の排水口掃除。水曜日はトイレ掃除。いつからの習慣なのか覚えていないが、今となってはその通りに進まないと気持ちが悪い。山下だからどうこうというわけではなく、家の中に誰かがいると自分の思う時間に思うことをできなくなってしまう。トイレ掃除をしたい時にトイレが使われている、それだけで私には大きなストレスとなる。社会から孤立したのは自分にも原因があるのかもしれない。こんな性格だから。この町になじめたのは奇跡と言っていい。


シーツ交換したいベッドでいつまでも山下が寝ているところを想像してみる。リビングでイライラする自分。怒りが先立ち他のことが何も手に着かない。ほら、無理。そもそも誰かと暮らすって何?まず根底に愛情があるような気がする。家族愛、親子愛、思いやり。血のつながらない異性が一緒に暮らす時、そこには恋愛感情ありきなのではないかと私は思っている。山下に対してそんな気持ちがあるのか?答えはNOだ。でも、家族愛はあるような気がする。誰よりも幸せを願い、いつも心配している。やはり、それでもおいそれと同居するのは絶対に違う。


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