第64話 洗濯
なかなか山下の家が決まらない。
親方が土地や中古物件を見つけて来てくれるたびに、一緒に見には行くものの、
広すぎるだの狭すぎるだの言って断ってしまう。優柔不断。なかなか希望が100%叶うところに住める人なんていない。便利なところや広い所は高い。予算に見合ったところは何かしらの不都合が出てくる。私ももう少し職場に近いところに住みたかったけど、土地の安さや家の間取りを優先した。みんなが何かを妥協する。住めば都。暮らしながら自分の住まいや町を愛するようになる。今では通勤時間なんて全く苦にならない。充実したプライベートタイムが私を支えてくれている。何か不便があっても、そういう物だと思って割り切る私には、山下が想像を超えた高望みをしているようにしか思えない。
「山下、家どうするの?」
買い出しの帰りにそれとなく聞いてみる。
そのうち親方も面倒になって、助けてくれなくなってしまうかもしれない。
「食事ってさ、わりと人のために作れるだろ?」
全く違うベクトルの返事にリアクションも取れない。
「洗濯ってやらないよな。」
「は?」
「友達に食事を作ることはあるけど、洗濯ってしなくない?」
「何の話?」
「洗濯だってば。」
なぜ、今洗濯の話なんだろうと思っている私に気づいているのかいないのか、
山下はそんな話を始めた。
「当たり前でしょう。なんで他人の服の洗濯する必要があるのよ。」
「俺、おばあちゃんの代わりに洗濯干すことあるぞ。」
「それは、私もやるよ。洗濯して干して取り込んでタンスに入れるとこまでやるよ。家族みたいなもんだもん。なんでも手伝うよ。年齢的に出来ないこともあるだろうしさ。」
「そうなんだよな。洗濯やるのって家族までだよな。」
「なんの話よ。」
急に立ち止まる山下、いつになく真剣な表情でこちらを見ている。
「俺さ、メイの洗濯、全然やるぜ?」
「はい?」
「いや、例えばの話だけどね。」
遠回しな物の言い方をしたつもりもなく、大それた話をしているつもりもなさそうだ。でも、話の内容を統合して察するに、山下は私に一緒に住もうと言いたいのではないだろうか。そう考えると未来の想像がつかない。そして嬉しくて恥ずかしい。いい年して自分にこんな感情が湧くなんて思わなかったし、そんな機会がこれからの人生に訪れるとも思っていなかった。
「確かに、私も山下の洗濯できるな。やってないだけで。」
今日の返事はこれだけにしておこう。
「山下、親方の洗濯は?」
「無理ー!」
「藍ちゃんのは?」
「なんか、嫌われそう。」
真剣な話を笑いにシフトしながら、店へ戻る。
「今日は新メニュー考える?それとも飲む?」
「飲もうぜ!俺がつまみの新メニューを考える。」
「やったー!お酒は私の奢りで後片付けもよろしくね。」
今夜は酔えないのか、盛大に酔ってしまうのか、自分でも想像がつかない。
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