第60話 引っ越し

大抵の農家のおっちゃんは田畑とは別に広い土地を持っている。


敷地の中に住居があり、収穫した作物を出荷するための作業に使う場所があり、庭がある。収穫の手伝いで畑に出たことはあった。遊びに行った時に通されるのは自宅部分の一室のみで、それ以外の場所がどうなっているのか知る由もないし、介入するつもりもなく、気に留めていなかった。


大工の親方と山下と一緒におっちゃんの家を訪ねると、奥さんがおにぎりと漬物を用意して縁側で待っていてくれた。


「さつきちゃんも山下君も大変みたいね。」

どんな風に話が伝わっているんだろう。

「とりあえず、中をみてくれ。」

おっちゃんに言われ、早々とおにぎりに手を伸ばした山下は、口に運ぶ間もなく手に持ったままついて行く。この子供っぽさが今はすごく気に障る。


納屋。一般家庭でいう物置き。農家のそれはけた違いに大きい。

私の自宅と同じくらいの広さではないかと思う程の大きさ。そこに、所狭しと古い農具や家財道具が雑然と押し込められている。子供の頃、おしおきで物置に閉じ込められた経験がある。狭くて暗くて、とても怖かった。ここはとても広くてわりと明るく、物置特有のおしおき効果はなさそうだ。それに天井がとても高い。


「使えない物が山のように入れっぱなしになってる。」

錆びたトラクター。何が入っているのか、年季の入った大きな箱の数々。

「ちょうどいい機会だから、処分しようと思ってな。清の荷物はどのくらいのスペースがあれば入るんだ?家が見つかるまで預かってやるから、その間さつきに居候させてもらえ。」


「え、ちょっと待って。」

「いいの?おっちゃん、ありがとう。」

私の言葉と重なった山下の声の方が大きい。処分する物の量を考えたらそれなりの費用だってかかるし、うちで居候って簡単に言うけど、いつまで続くのかと思えば、おいそれとご厚意に甘えてはいけない。そもそも居候なんて認めない。そう思った私と短絡的な山下は真逆の受け答えをする。


昔、風邪を引いた山下にプリンを届けた時、家の広さに驚いた。リビングしか見ていないけど、それだけで違う世界の人だと思った。一人暮らしに必要とは思えないL字型の大きなソファやガラスのテーブル。真っ白なダイニングテーブルと巨大なテレビ。その頃に比べたら多少コンパクトな生活になっているとしても、一般の会社員とはスケールが違うはず。


「うーん、この辺まで空けてもらえたら置けるかなぁ。」

山下が目分量で指さしたのは納屋の3分の1くらいのスペースだった。

「よし、分かった。そうと決まれば捨てる物を決めて早く片付けよう。」

スマホ片手に、手近の箱を開け始める。

「軽トラ持ってるやつ、集めてくれ。」誰に電話しているのか、おっちゃんは不用品の搬出を手伝ってくれる人を探しているようだった。


「お宝が出てくるなんて、テレビだけの話だからな。ほんとに使わない物しか入ってない。」

「おっちゃん、こんなの出て来たよ。」

勝手に箱を開けた山下が取り出したのはおっちゃんの卒業アルバムだった。

「うわー、こんなところにあったのか。」

「おっちゃん、かわいかったんじゃん。」

二人で大笑いしている。立場をわかっているのだろうか。おっちゃんもアルバムが出て来たことで、必要な物の有無をしっかり確認しながら箱を開けていく。

「結婚式の写真出て来た!!」山下がやたらお宝を見つける。

「清、それは見るな。捨てないけど、見るな!!」

優しい時間があっという間に過ぎていく。私や他のみんなを巻き込みながら。


週末には納屋が片づけられ、山下の荷物がその次の週には運ばれてきた。

本来、しかるべき部屋にしっかりと配置されるべき家具や家電たちは、プチプチにくるまれたまま無造作に並べられていった。


「家建てるんなら、詳しい人に聞いてやるぞ。」

おっちゃんは詰め込まれた荷物を見て嬉しそうに言った。自分のしたことで誰かが嬉しそうにしていることが、おっちゃんを喜ばせる。


そして、全く喜べない私の意に反して、半ば強引に山下の住民票は私の自宅住所に移された。ただ一つ、嬉しくてしかたないのは、山下の鬱が息を潜めている。言動からそれを確信できることだった。

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