第54話 幕引き

終演後、鳴りやまないカーテンコールの中、出演陣がステージに再登場すると、拍手が大きくなった。主演男優がマイクを持たされている。


「本日、無事千秋楽を迎えることができ、嬉しく思っております。応援してくださった皆さんのおかげです。」

お手本のようなご挨拶を聞きながら、この後山下になんて声をかけようと考えていた。


「ここで、皆さんにお知らせがあります。」

そう切り出したとき、出演者たちが不思議そうな表情を見せた。

多分、お知らせなんて打ち合わせになかったんだろう。彼は何を話そうとしているのか、客席は静まり、役者は全員中央に立つ俳優を見つめた。


「今日のこの公演をもって、西園寺さんが引退されます。」

少し会場がざわめく。自分の話が急に始まって山下も驚いている。

「僕は西園寺さんの年齢の半分にも達していないので、アイドルとして活躍されていた時のことは知らないんです。でもきっと素晴らしいステージを作ってこられたのだと思います。」

だって、と彼は続ける。

「今回の公演に親戚を招待しようとしたら、叔母が西園寺さんが出るって大喜びしたんです。僕の舞台のつもりで招待したのに。」会場に笑いがおこる。


山下がマイクを奪った。

「おばちゃん、来てくれてるの?どこ?」

山下の一言で会場に照明が点き、ステージから客席が見渡せるようになった。

主演俳優が招いたと思われるおば様たちが後ろの方で手を振っている。

「おー!一緒に歳とったなぁ。」また笑いが起こる。

「長い間、ありがとう。」山下が手を振り返すと昔の少女たちの歓声が響いた。


こういうとこ。山下のいい所。大好きなところ。

根っから人間が大好きなんだろう。ラジオ局の前で人気絶頂アイドルに関心のない若者たちへ自ら声を掛けに行った姿が思い出される。この素直で優しい、感謝を忘れないきれいな心が商品としての山下を輝かせ、人間としての山下も輝かせている。


「皆さん、僕の芸能人としての最後の仕事がこのミュージカルで本当に幸せです。一生忘れません。ずっと応援してくださった方も、本日初めてお会いする方も、本当にありがとうございました。そして、日本縦断公演を一緒に走ってくれた共演者、スタッフの皆さんありがとうございました。」

頭を深く下げると、会場から拍手が沸く。頭を上げた後、山下も手を叩いた。出演者、スタッフ、ファンに向けて。


名残惜しい、そう思うのは観客席の私だけで、山下は涙ひとつ見せず清々しい顔をしている。もう一度マイクが主演俳優に渡り、最後の挨拶が終わると、いくら手を叩いても二度と山下はステージに戻ってこなかった。

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