第51話 独身寮
二人が自宅に泊まった夜は、とても賑やかで穏やかだった。
おばあちゃんと一緒の部屋に寝て、電気を消してもずっと話をした。気づいたら眠っていて、朝まで一度も目が覚めず、起きたら朝食とお弁当の支度が出来ていた。
「気を付けて行っておいで。また夜はここで待っているからね。」
おばあちゃんに送られて仕事に行く。山下も地方公演に戻った。
そうだ。助けて欲しい時はそう言っていいんだ。私にはみんながいる。
山下の想像通り、独身会の男はそれっきり追ってはこなかった。それなのに、私の心の傷はしばらく治らず、おばあちゃんに泊めてもらったり、泊まりに来てもらったりを繰り返した。
もう、大丈夫。そう思えた時、離れを再改修することにした。
山下が遅くまで働いて、何度も帰れなくなり、親方やおばあちゃんに泊めてもらう事態になっていたからだ。二階建てにして寝室とシャワールームを作る。誰かが訪ねてきた時も活用できそうだ。
20代30代の頃、貯金は私にとって目的だった。旅行もするし外食もするけど、大きな買い物をせず貯め続けたお金で家と土地を買った。その後からタガが外れたようにお金を使うようになる。貯金が目的のための手段になった。コツコツと貯めたお金が家という形になり、離れという形になり、人が集まり、優しさに包まれ、通帳の残高が少なくなった分、幸せが大きなものになった。お金はまた貯めればいい。
山下が地方公演に出ている間に、地元の大工さんたちで作業が進められた。
「さつき、清がびっくりするぞ。休憩処が2階建てになって、自分の部屋が出来てるなんて。」
「山下専用ってわけじゃないけどね。来客用。」
そういえば、藍ちゃんが誰に教わってきたのか、私と山下のことを「バディ」と言った。妙にしっくりくる。家族でも恋人でもない最強の相方、バディ。ごく自然に町の人たちは私と山下の距離感を理解してくれるようになっていた。自宅に泊めてやれだの、結婚しろだの、面倒くさいことを一切言わない。最初の頃はいろいろ思うところもあったのかもしれないけれど。変な隠し事をせず、自分らしく生きてさえいれば、言葉で否定や肯定をいちいちしなくてもみんなが分かってくれる。町はどんどん居心地がよくなっていく。山下もこの町で自分らしく過ごしている。一度も「泊めて」と言われたことがない。
元とは言え有名なアイドルで、今でもそこそこな高級マンションを借りて住んでいる人に泊まってもらうには少々お粗末かもしれないが、私なりのベストを尽くした部屋を作った。シャワールームとクローゼット付き10畳の洋室。セミダブルのベッドとテレビ、一人用ソファーとガラスのテーブル。自分で決めたのに、掃除する場所が増えたと思うと少しもやっとする。
山下は何て言うだろう。
公演を見に行く日が迫ってきた。それが終われば普通のおっさんになる。普通の喫茶店従業員になる。
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