第44話 長期休暇
「適応障害と診断されました。2週間ほど休みをいただきたいのですが。」
診断書と一緒に、適応障害について詳しく書かれた冊子を渡す。
隠すことじゃない。大勢の人がいるところで上司に伝える。心配というより、まずいことになったという表情をする姿に苛立つ。心の病は外から分かりにくい。松葉づえや包帯があればケガ人だと明白で、無意識に周囲も気遣う。でも昨日の私と今日の私は外見上何も変わらない。死ぬほど苦しい思いをしてここまで来ていることが、職場の人に伝わらない。
「休めば治るの?」
的外れな質問を喰らい、さらにダメージを受ける。
「いえ、心を休めるための休暇です。ストレスの原因から遠ざかって半年ほどで完治すると言われているようです。」返答する自分の声が遠く小さく聞こえる。
「ストレスの原因・・・。適応障害って長井さんが職場に適応してないってこと?」
「平たく言えばそうなりますね。」
無意味な押し問答の末、二週間病欠することになった。
誰も「何があったの?」とは尋ねてこない。尋ねられても説明できないくらいたくさんの精神的苦痛を伴う出来事があった。まさか、その結果自分の心身がむしばまれることになるとは思わなかったけど。
山下が鬱になった時、心配しながらもデリケートだなと感じた。自分は大丈夫だと思っていた。簡単な引継ぎを済ませて帰宅する。会社から少しずつ離れると安心から涙が出る。
「私もデリケートじゃん。」
あんな会社のために自分の人生犠牲にするわけにいかない。
休暇と言いながら、私はあまり休まなかった。
豆を焙煎し、店を開ける。好きな物に没頭して、体が疲れてくると自然と心の疲れが取れる。
一人の時もお客さんを待たせることなく、調理と接客が出来るようになってきた。
会いに来てくれた仲間たちが、平日の昼間に私がいることを不思議がれば隠さず真実を伝える。するとそれは「心配」という名の柔らかい包装紙にくるまれて、町中に運ばれていく。そして、それを受け取った人たちがそれぞれの思いを包んで来店してくれる。
「さつきちゃん、具合悪いんだって?」
いつも、足が痛いだの腰が痛いだの言っているおばあちゃんに心配されてしまう。
「そうなの、心配かけてごめんね。ここにいれば大丈夫だから。」
元気な笑顔を見せるとやっと安心してくれたようだ。
熱い珈琲を冷ましながらゆっくり楽しんでくれるおばあちゃんと一緒にベンチに座っていると、昨日までのことが嘘のように心が穏やかに晴れてくる。
大工のお弟子さんは仕事を持ってきた。
「さつきさん、具合悪いの?家で出来そうな仕事あるんだけど、話だけでも聞いてみない?」
藍ちゃんも来る。
「元気のないさつきちゃんは嫌だ。そんな会社辞めちゃえばいいんだ。ずっとここにいて。」
だんだん、目がかすんでくる。
子供みたいに泣き出した私を、何も聞かずに抱きしめてくれたおばあちゃんの手は、シワシワで冷たいのに、心がポッと温まる。
自分がどうしたいのか、きちんと自分に問うべき時がきた。
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