第42話 記者再訪

山上さんはスピーディーに時間を作った。

昨日のテーブルに今日は4人で座る。美味しいコーヒーと並べられた写真、そして険悪な空気。


「写真の掲載は構いません。ただし、長井さんは一般の方なので、十分に配慮してください。私自身何度もここを一緒に訪れていますが、交際していないのは事実です。信じていただけないなら、どのような記事を書いて下さっても結構です。」

淀みなく、こちらの意志を伝える山上さんは穏やかな口調なのに、相手にちょっと威圧感を与える。当然、前日のうちに山下から昨日の出来事が伝えられている。全員が口を揃えて交際は否定するものの、信じなくて結構という態度。記者は困惑していた。


「この町を何度か散策されてはいかがですか?」

主旨からかけ離れているように感じる提案に記者は首を傾げ、口元に気味の悪い笑みを浮かべる。

「都心からさほど離れていない、通勤圏のこの町には人の温かさがたくさんあるんです。長井さんの店を手伝っているのは西園寺だけではありません。ご近所の皆さんが集まって支えています。逆に我々が彼らの家で食事を楽しませてもらうこともあります。西園寺も町の皆さんの家を訪ねて、楽しそうに過ごしています。」

そんな話をしているところへ大工の親方が入ってくる。


「あれ?なんかお邪魔だった?」

鈍感な人でもいつもと違う空気に緊張する。


「全然、大丈夫。どうしたの?」

「嫁が熱出して、今日弁当ないんだよ。」

「えー、大丈夫?とりあえず、薬持って様子見に行く。お弁当は後で現場に届けるからね。急に言われても大したもの作れないけど。」

「おー、助かるぅ。悪いねぇ、さつき。」

挨拶もそこそこに走り去ろうとしている親方を山下が呼び止める。

「弁当がないってことは、朝も食ってないんだろ?」

素早くサンドイッチを作り、コーヒーを淹れる。

「はい、今日は俺の奢りで。」

「いつも悪いな。」

「この前、晩御飯ごちそうになったじゃん。」

ごく普通の会話に記者は驚いている。


「行ってらっしゃい。」

ここは、いらっしゃいませと迎えるお客さんより、「お帰り」と迎え、

「行ってらっしゃい。」と送り出すお客さんが多い。

そしてその人たちは皆、お客さんである以前に大切な仲間だ。

親方がサンドイッチをほおばったタイミングで山下はフライパンを出し、そして手際よく米を炊き始める。

「唐揚げとだし巻きでいいかな?」

私も席を離れ冷蔵庫をのぞく。

「親方、メイの唐揚げ大好きだからな。」

「先に奥さんに薬届けないと。おかゆ作って帰ってくるから、それまで頼むね。」

「おぅ。」


思っていたのと違う、逃げも隠れもしない山下。そして私。

記者が舌打ちしたタイミングを山上さんは逃さない。

「写真の掲載と一緒に書いていただきたいことがあります。」

やっと話が本題に戻ったと、記者は愛想程度に手帳を出してくる。


「西園寺は引退します。次のミュージカルがタレントとして最後の仕事になります。その後はここでコーヒーを淹れ、ホットサンドを焼いて生きていきます。」


あごが外れそうなほど、ぽかんと口を開けた後、記者は心から嬉しそうな顔をした。大スクープだ。記事の打ち合わせを簡単にして、すっ飛んで帰って行った。


「チケット売れるぞ。」

静かに引退する予定だった。それが余計な広告費を払わずに、世間の注目を集めることになる。


「西園寺亘引退。ラストステージはミュージカル。」

写真週刊誌に掲載されるタイミングでテレビも騒ぎ出した。引退後は喫茶店経営として、店の外観も大きく映し出されている。私の店なんだけどね。


騒ぎが落ち着くまで一旦休憩処は、閉めた方がよさそうだ。

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