第41話 SNSと写真週刊誌

休憩処もみじのSNSを作って、写真をたくさん公開した。

コーヒーの自家焙煎や、自宅の敷地内でこじんまりとやっていることに関心を寄せる人が多く、次第に客足が増えていく。そして、当然初めて訪れる人はカウンターの中に西園寺亘がいることに驚いた。驚いた人々はそれぞれの思いを各自のSNSに綴り、拡散していく。結果、往年のファンが時折訪れるようになり、順風満帆とは行かないまでも、細々と営業出来るようになった。喫茶店一本で生きていくにはまだまだだ。


山下は、自分がいることでここに人が集まって、私の作った珈琲が売れるならそれでいいと割り切るようになった。友人には友人として接し、ファンの方にはそれ相応の対応をする。町の人と話している時の方が楽しそうだ。そのわずかな違いには本人も気づいていないかもしれない。


ファッション雑誌の絵日記コラムに、もみじの写真が載った。

「大切な仲間。家族みたいな存在。」と書かれている。

相変わらず、いい写真を撮る。カメラがあまり得意ではないはずのもみじが、山下の前では自然体だ。


その雑誌が発売された数日後、見知らぬ男性がやってきた。

山下の表情がこわばる。知っている人なのか、いらっしゃいませと言おうとした私を制する。相手も客であるつもりはないらしい。

挨拶もなく「これ、あなたの飼い犬ですよね?」と尋ねて来た。

差し出してきたのは、雑誌の切り抜き。山下が撮ったもみじの写真。


「そうです。私の愛犬です。」

最後まで言い終わらないうちに、たくさんの写真がお客さんのためのテーブルに並べられた。山下が私の家に入る瞬間、二人でベンチに座ってコーヒーを飲みながら笑っている写真。

またか・・・。


「どうぞ、おかけください。」

私は笑顔で応対し、山下に3人分のコーヒーを頼んだ。逃げも隠れもせず、動揺すらしない私の態度に男は面食らっている。

「初めまして。長井さつきです。」

そういうと、相手は慌てて名刺をテーブルに置いた。写真週刊誌の記者だ。

同じタイミングでコーヒーが入り、山下が隣に座る。

「見て。すごく良く撮れてる。」

「ほんとだな。」

「これ、一枚いただけませんか?飾りたいです。」

「あんたたち、状況分かってる?」

口角だけが上がる、嫌な笑い方をする。だからと言って、怖い物は何もない。


「状況というのは、この写真が雑誌に載るというお話ですか?」

「他に何がある?ただこんな写真を見せに来たとでも思ったか?」

もみ消してもらう必要もない。交際もしていない。仮に交際している異性がいたとしても、50歳目前の人間の恋路に誰が興味を持つのだろう。


「マネージャー呼びます。雑誌には載せていただいて構いませんが、ロイヤリティーの部分とか、俺よく分からないんで。マネージャーが同席できる日に詳しい話を決めさせてください。」

「交際してるのは認めるんだな?」


「え?」私と山下の声がシンクロする。

そして、笑い声が響く。

「信じていただかなくて結構ですけど、交際はしてないですよ。兄弟みたいなものです。古い付き合いなので、なんでも相談するし。」

面食らっている記者に私も一言付け加える。

「なんて書いていただいても構いませんよ。」

脅してお金を取ろうと思っていたのか、交際をすっぱ抜いたと思いこんでぬか喜びしていたのか、ちょっと勢いを失った。


「とにかく明日、また来てください。マネージャー呼んでおきますので。」

納得のいかない顔で去っていく記者の後姿を見送りながら、

思うことは同じだった。


「山下、利用してやろう。」

「そうだな。」



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