第36話 不登校

藍ちゃん。小学校の3年生。土曜の朝ここにいてはいけない。


私は子供が苦手だ。

特に無口な子供はどう接していいのか分からない。

山下にはそんな壁ないみたいで、仲良くなるまでに時間がかからない。

カフェラテ砂糖とミルクたっぷりバージョンを二人で美味しそうに飲んでいる。


「学校は?」

「今日は休み。」

大人になると子供の嘘がバレバレであることがよく分かる。でも本人は上手く隠しているつもりらしい。

私は、自宅へ戻るとこっそり藍ちゃんのお母さんに電話をかけてみた。きっと、いつも通り「行ってきます。」と家を出たはずだ。

案の定、電話のむこうでお母さんはうろたえていた。

「こんなこと初めてで。」と、

「すみません。すぐに迎えに行きます。」を繰り返している。慌てて電話を切りそうになっているお母さんを制した。


「ご家庭の話は楽しそうにしてくれています。多分、学校で何かあったんじゃないでしょうか?私がお母さんに連絡したのを知ったら心を閉ざしてしまうかもしれません。出過ぎたことをしているのを承知でお願いします。今日は体調が悪くて休ませると学校に電話を入れていただけませんか?授業の終わる頃には帰ると言い出すと思うので、山下に送らせます。すっかり懐いているんですよ。」


私の提案に、即賛成という気持ちにはならないのは分かる。でも、藍ちゃんが自分からSOSを発信できる状態を作ってあげるのが最優先のような気がした。


「分かりました。宜しくお願いします。」

お母さんも時々一緒にコーヒーを飲むお付き合い。最終的には安心して藍ちゃんを半日預けてくれることになった。


狭い町だ。子供が学校へ行かずにうちの離れでカフェオレを飲んでいたら、すぐに親の知るところとなる。人の気配を感じると藍ちゃんはもみじと一緒に庭の隅に引っ込んだ。私も高校生の時、親に内緒でずる休みをしたから分かる。用事の無い半日は結構長い。離れを閉めて藍ちゃんと山下を自宅へ招いた。


子供が楽しめる物なんて何もない家だ。

でも、藍ちゃんは楽しそうだった。少し早めのお昼ご飯を3人で食べる。

「野菜嫌いなのに、これは美味しい。」キュウリの浅漬けを食べながらつぶやく。

「ここにいつも寄ってくれるおばあちゃんが畑で作ったやつを、私が漬けたの。気に入ってもらえてよかったよ。」

野菜が苦手な人の理由は味や臭いであることが多い。ひと手間加えてあげるだけで、野菜たちはその偏見から大変身を遂げる。網で焼いてトロトロになった茄子も、ベーコンと一緒に煮込んだトマトやキノコも藍ちゃんを喜ばせた。お茶碗によそったご飯がどんどん少なくなっていく。


「ごはん食べたら、帰る。」

やっぱり下校時間のタイミングで藍ちゃんは言った。

「途中まで送るよ。」山下が一緒に席を立つ。

「藍ちゃん。」しゃがみこんで、目線を合わせて山下は続ける。

「また来てね。」

「うん。」

「ここには、毎日来てくれていい。でも、必ずお家の人にちゃんとそう言って来て。」

思いがけない言葉に藍ちゃんは息をのむ。山下も気づいていた。

「大丈夫。僕とメイがお母さんにちゃんと話すから。お母さんもダメって言わない。だから、嘘ついたらいけない。」


藍ちゃんは少しだけ泣いた。

「学校に行きたくないの。いじめられてる。」

山下に抱きしめられると、藍ちゃんはいっぱい泣いた。

「話してくれてありがとう。学校、行きたくないなら行かなくていい。ここで一緒に勉強しよう。嘘をつかないって約束してくれたら、毎日ここで待ってる。」

しゃくりあげながらうなづく藍ちゃんを山下は送って行った。


毎日って、どうするつもりなのよ。山下自身、毎日来るわけでないし、

離れの改装にも着手していない。そして、人に教えてあげられるほどの学がない。

自分の鬱を忘れて、子供の心に寄り添う山下の暴走に私は付き合わされるのか。


心配していた月曜日。仕事から帰ると山下が待っていた。

藍ちゃんとお母さんも一緒だ。

「今日は学校行ったんだって。俺ずっと待ってたのに。」

「あー、それは残念だったね。」みんなが笑う。


聞けば、「私がみんなを無視することにした。」らしい。

僅か半日で強い子になった。いじめられっ子がこの態度なら、いじめる方はつまらなくなって、そのうち勢力が弱まっていくだろう。


「藍ちゃん、一緒にここで宿題やろうぜ。学校は半分くらいでいいじゃん。」

むちゃを言う山下は、

「また、土曜日の午後に遊びに来るね。」と言われる始末。

今日のコーヒーはなんだか清々しい。



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