第33話 接客
「さつき、おはよう」
大工さん。うちの前を通ると現場に行くのに回り道なのに、私がいる日は必ず寄ってくれる。いなくても通っているのではないかと想像している。
「あれ?今日はもう満席か。」
「違うの、みんなが集まってくれるから、手伝いにきてもらった。昔からの仲間で山下君と山下さん。」
「山下、右から二番目の瓶に入ってる豆でコーヒー淹れて。お砂糖もミルクもなし。」
現状が理解出来ないまま、大工さんにペコっと頭を下げ、山下が離れの中へ戻る。山下さんも食べ終えた食器を持って離れに消える。
「お待たせしました。」
バリスタさながら、武骨な大工さんのところへ清廉されたおじさんがコーヒーを運ぶ。
「ありがとう。しかし、さつきにこんな男前の知り合いがいたとはなぁ。しかも二人も。」
「古いつきあいだからなぁ、男前だなんて思ったことないよ。」
山下は一緒に笑いながら自分の淹れたコーヒーを飲む大工さんの顔をうかがっている。
「うーん、旨い。さつきが淹れ方教えたのか?えっと・・・。」
「山下君ね。こちらは山下君の元上司の山下さん。」
「ややこしいな、お前下の名前なんて言うんだ?」
急に名前を聞かれるし、いきなりお前呼ばわりだし、山下はたじろいでいる。
「今日から、清でいいな。」
答える間もなく山下は山下清にされてしまった。笑い転げる私の横で呆然としている。
「いや、亘・・・」と言いかけた声も大工さんには届かず、
「ありがとな、清!ごちそうさま。また来るのか?さつきはこの歳で一人者だから、
宜しく頼むな!」
と、余計なことを言って去っていった。チャリン。
お気持ち箱に小銭が入る。
「なんだ?今の人。というか、メイはここで何をしてるの?」
案ずるより生むが易し。百聞は一見に如かず。
飲みかけのコーヒーを口にしたところで、今度はおばあちゃんがやってくる。
手にはキュウリとトマト。
「さつきちゃん、おはよう。あら?先客さんがいらっしゃるの?」
「おばあちゃん、おはよう。いつもありがとう。庭でラディッシュ採れたよ。おばあちゃんに教わった通り、肥料に気を付けたら、えぐみがなくなった。」
トマトとキュウリを受け取って、ラディッシュを渡す。
そして、山下を紹介する。
おばあちゃんには、コーヒーとクッキー。
「ご友人なの?さつきちゃんが来てくれてから、週末にここでお話するのが楽しみでね。」
今日は山下に一生懸命話しかけている。
「こんなエプロン姿の男性がいたら、本当にカフェのようね。またお会いできるかしら。」
おばあちゃんは、ほとんど一人で話していた。数年前にご主人を亡くしたこと。子供たちが巣立って、なかなか訪ねてくれず、ようやく一人に慣れたところに私が引っ越してきて、やっぱり一人は寂しいなと思うようになったこと。そんな話、私は聞いてなかった。
山下は、絶対に目をそらさず、おばあちゃんの話をうんうんと聞く。時折、二人一緒のタイミングでコーヒーを口に運んで、また目を合わせてほほ笑みあっている。
「おばあちゃん、俺また来るから。いろんな話しようよ。」
良い兆し。
「待ってるからね。今日のコーヒーは山下君が淹れてくれたの?さつきちゃんのに負けないくらい美味しいわ。」
そういうおばあちゃんは、山下の手をがしっと握っていて可愛い。
「よーし、今度はサンドイッチも勉強しておくからさ、お腹空かせて来なよ。」
山下の声の調子が高く明るくなってきている。
名残惜しそうに今日は用事があるからとおばあちゃんは帰っていった。
チャリン。
もっと名残惜しそうな山下が残されていた。
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