第25話 仲間の逮捕

元メンバーが捕まった。

すっかり忘れ去られていたその名前は、久しぶりに世間を賑わせている。


麻薬取締法違反。

テレビでたまにニュースになる。知り合いの元同僚とでもいうのか、わりと近親の人で逮捕者が出ることが初めてで、少し恐怖を感じた。山下も関わっているのではないかという気持ちが生まれてくるのを拭えない。逮捕されたメンバーと私は面識がない。コンサートに招いてもらった時に楽屋で姿を見かけたが、ごった返していて挨拶を出来るような状況ではなかった。


同じニュースを見ていたのか、メールが届く。

「今電話してもいい?」

少し大人になって、午前中や夜中にいきなり電話してくることがなくなった。

「いいよ、何?」

送信ボタンを押す前に電話が鳴る。


「あいつ、逮捕されたって。テレビで今ニュース見て。」

「そうみたいだね。」


山下は落ち込んでいた。全く想像していなかったと。なぜそんな物に手を出したのか、解散後ももう少し連絡を取っていたら気づいてあげられたかもしれないと。グループの中で一番年上の山下、リーダーより慕われていた。山下も皆を慕っていた。アイドルグループや、音楽ユニットのキラキラした姿を映像で見ると、「みんな仲良し」と錯覚しがちだが、実のところそんなことはない。むしろ仲がすごく悪かったりする。山下はそんな世界では珍しい、面倒見のいい上司のような存在で、個別にメンバーと食事を重ね、話に耳を傾けて続けてきていたらしい。ニュースの本筋から離れて驚いた。


山下の元同僚は完全にマスコミの餌食となった。もちろん罪を犯した事実はあるけれど、元芸能人というだけで、プライバシーもなく追い掛け回されている。連行される車の中の映像、自宅の映像、実家の映像まで。学生時代の同級生と名乗る男性が、「あいつならやりかねない。」なんて発言を顔を隠し、声を変えてしている。


「更生させないと。ちゃんと社会復帰できるのかな。あいつに向いてる仕事って何だろう。」


電話口から聞こえる親身な言葉と、テレビに映るあえて選ばれた凶悪顔の写真。やるせない気持ちになる。


「家族の協力がないとちょっと大変かもしれないね。本人の意志の強さとかさ、そういうのもないと。」


ご家族を思うと胸が痛む。自分が悪いわけではないのに、きっとご自身を責めているだろうし、全く関係のない人たちから責められて外に出られなくなっているかもしれない。


実家に行くと言い出した山下に、今はやめておけ、もう少し後にしろと言うのが精一杯だった。


「山下も有名人なんだからさ、騒ぎが大きくなっちゃうかもしれないし。そうなると余計にご迷惑だから。ね、電話だけにしておきなよ、今は。」


「分かった。後で電話してみる。」

素直に電話が切れる。本当に電話だけで済ませてくれるか不安になってしまう。


そしてなぜ、山下はメンバーの実家の電話番号まで知っているのだろう。そんな素朴な疑問が雲のように湧く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る