第23話 日常
山下のグループが解散したからといって、私の生活に変化はない。
いつもの電車に乗り、いつも通りの仕事をする。時間がきたら、家に帰ってもみじと散歩をする。犬「の」散歩、という人が多いけれど、私は必ずもみじ「と」散歩と言う。私のような安月給の会社員でも土地を買えるような場所は、本当に美しい自然豊かな所で、家のすぐ近くに川が流れ、部屋からは山が見える。この景色を楽しみながらもみじと歩くことを私自身が楽しんでいる。
散歩を終えたら、丁寧に米を炊く。研いだ米を水に浸し、ざるにあげて水切りをしてから土鍋に移す。ガスの火加減をみながらキレイな水を使って一気に炊き上げる。炊飯器は使わない。最初からこんな炊き方をしていたわけではなく、昔は炊飯器を使っていた。ある日突然炊飯器が米を炊くことを止めて、うんともすんとも言わなくなった。その日慌てて土鍋で炊いた米がすごく美味しくて、それ以降炊飯器を使っていない。土鍋が静かに米を炊いている間に、簡単なおかずを用意する。洋食より和食、肉より魚。誰か食べてくれる人がいないと作る気しない~って、合コンで言ってた女がいたが、自分のために丁寧に作る簡単な料理、悪くないと思う。
出汁からとったお味噌汁と白米。ラディッシュのピクルスは庭に蒔いた種が実ったやつ。焼き魚と煮物、そして冷奴薬味多めで。
子孫を残さない、家族を持たないで生きていくという選択が正解だったのか、そんなのは死ぬ時まで分からない。両親はいまだにうるさく見合いをしろだの帰って来いだの言うけれど、一人の時間は何ものにも代えられない幸せだ。今のところ、悔いはない。
山下のグループが解散し、芸能界を引退したメンバーは、あっという間に世間から忘れ去られていった。泣き崩れていたおば様たちも次の推しメンを見つけて、生き生きと暮らしているのだろう。時々テレビで元気そうな姿を見ると安心はするが、少し山下は露出が減った。私は月の給料が決まっているから、会社が暇でも、鬼のように働かされてももらえる金額は同じ。山下は仕事量が収入の額に大きく影響する。
「ちゃんと、貯金してたのかなぁ。」親戚のおばさんみたいな心配をして、テレビ画面に問いかける。
絶対もらえないのは分かっているのに、もみじが煮物の匂いを嗅ぎにきた。
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