第22話 解散コンサート

 おじさんグループ解散のニュースは、わりと世間を賑わせ、情報番組でも数日に渡って続報が報じられた。街頭インタビューでは目に涙を浮かべている人もいる。ずっと応援してきたのに、残念で仕方ない。嘆いているのは夫も子供もいるであろう、おば様たち。利用客が少なくて廃線になる電車の最終運行や、老舗飲食店の最終営業日にどっと人が押し掛けるニュースがたまにある。別れを惜しむ人達でごった返しているが、毎日利用していたら廃業にはならなかったのでは?と冷めた目でみていた。それと同じ。山下たちの解散コンサートのチケットはあっという間に完売した。


「私はいいよ、別にこれで会えなくなるわけじゃないし。」

冷たく感じたのか、電話の向こうで変な間があった。がっかりしてイラついている。


「そういうことじゃないじゃん。」

結局強引にチケットが届いた。今回は一枚。さすがに長岡君と一緒というわけにはいかない。彼は最近結婚した。可愛らしい若女将との写真付き年賀状が届いて、仲間でお祝いがてら会いに行ってきたのは、半年前の話。何も聞かされていなかった奥様は自分の夫の知り合いとして、芸能人がやってきたことに驚いていた。二階席の端っこ。一枚のチケットが「最近男っ気ないな。」と言っているような気がする。


 観客が緊張している。真っ先にそんな印象を受けた。館内にBGMが流れ、まだ開演までかなり時間があるのに、ほぼ全員が席に付いている。時折どこからかメンバーの名を呼ぶ声が聞こえる。一人が手拍子を始めると、それはいつしか大勢の拍手になった。楽屋にはモニターが付いていて、客席の様子が見られるようになっている。山下はどんな気持ちでこの音を聞き、映像を観ているのだろう。ファンでもないのに、一緒に緊張してしまう。


 お決まりの、客席で飲食はするな、撮影はするな、非常口を確認しろ、携帯の電源を切れ、というアナウンスが流れると、BGMがフェイドアウトし、客席の照明が落ちる。歓声でイントロが聞こえない。そんなに大きな会場ではないけれど、二階席だとさすがに顔がはっきりと見えない距離だ。それでも早速隣のおば様は泣いている。


 「人を楽しませるのが俺の仕事。」山下は繰り返し言う。ラストコンサートはその言葉に相応しい内容だった。デビュー曲からのメドレーを昔の衣装で歌うと、歓声はより大きくなり、もはや悲鳴に近い。おじさんがあんな派手な衣装をと思ってしまえばそれまでだけど、やっぱりそこはタレント、しっかり着こなして輝いて、観客を楽しませている。


 最後の曲が終わった時、全員で抱き合い涙していた。それぞれの思いがあるのだろう。もちろん観客も総立ちで泣いている。会場の外にはチケットが取れずに入れなかったファンが集まって、警備員が対応に追われていた。


 例えるなら、私が長年勤めた企業を辞めて転職するのに近いのかもしれない。でもそれはあまりにも浅はかな例えで、多分アイドルグループの解散や事務所移籍はそんな単純な物ではないのだと思う。友人にどんな言葉をかけてあげたらいいのか分からないまま、公演後の楽屋を訪れる。さっきまで泣いていたはずの山下は上半身裸で、スポーツドリンクを飲んでいた。


「おう!メイ。来てくれてありがとう。どうだった?アンチアイドルのメイでもちょっとは感動してくれたか?」笑顔で頭をグリグリしてくる。

あの涙までが演出なのか?よく分からなくなって、ちょっと泣きそうになっていた自分が恥ずかしくなる。手土産を奮発したのを後悔した。

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