第21話 解散

 いつかその日が来るとは思っていたけれど、いざ現実になると何も言葉が出てこない。山下のグループは世代交代とともに解散することになった。今までは個人での活動と細々とではあるがグループの活動の両方をしていた。いろいろ規約があって、当然私に事前報告はない。ある日テレビをつけた時、情報番組で大写しになっている山下の姿と、その上に重なる「解散」の文字に声を出して驚いた。いつから決まっていたのだろう、少なくともここ数ヶ月の山下に取り立てて変わったところはなかったと思う。仕事がらポーカーフェイスが染みついているとはいえ、何も気づけなかった自分にちょっと腹が立った。


 その後、どんな報道があってどんな映像が流れたのかの記憶がおぼろげにしかない。全員で記者会見をしていた。世間一般では働き盛りかもしれないけれど、アイドルとしては定年なんてコメントをして地味な笑いを取っているメンバーがいる。最後のコンサートは最初にコンサートをした会場でするらしい。その後は芸能界を引退する者、ソロ活動をする者、様々だ。山下は一人の芸能人として活動をしていく。事務所移籍も報じられていた。


 安月給の会社員としては、背伸びしすぎな店に予約をいれた。トイレに行っている間にお会計をされないように、先に預かり金を渡しておく念の入れよう。今日だけは絶対に私の奢り。報道から1週間ほど過ぎたころに、山下を誘った。


 普段と変わらない様子の山下と、明らかに様子のおかしい私。


「何かあった?」と逆に聞かれる始末。


「ごめんごめん、事前に話せなくて。テレビで知ったらびっくりするよな。」


 芸能人のスケジュールは人によっては何年も先まで決まっている。一年前に撮影を終えた映画がようやく公開になって、新しい仕事に追われている時に、忘れかけた作品のプロモーションが始まる。いろいろなことにタイムラグがある。山下は傷ついたり落ち込んだりする時期をとっくに過ぎているのかもしれない。


「とりあえず、お疲れ様。」

薄っぺらい労いの言葉が自分の口から飛び出して、心底がっかりする。


「わざわざお店予約してくれたのか、ありがとな、メイ。」

山下はお礼を言う時と謝る時は絶対に相手の目を見る。うっとうしいくらい逸らさない。そこが凄く好きだ。


「どうするの?これから。」

やっと、聞けた。


「事務所は変わるけど、そんなに今と変わらないと思うよ。有難いことに仕事の依頼はきてる。舞台やCM、ドラマ。またチケット用意するから舞台は観にきて。俺、子供なのかなぁ。友達が見てくれてると思うと頑張れるんだよ。メンバーの中には絶対知り合いを呼びたくないって奴もいるのに。」


絶対行くね。やっと口に運んだ食べ物の美味しさに気づく。お酒も美味しい。私の心配をよそに、もう山下ではなくなる山下が、もみじの写真を見せろとせがんできた。

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