第20話 来訪
山下がやってきた。大きな花束を抱えて。
さすがに、一人での自宅訪問はいかがなものかという判断がなされたようで、山下さんも一緒。彼ともかなりの長い付き合いになる。シンプルな置時計を持ってきてくれた。白い壁のリビングにぴったりだ。ボロアパートで使っていた家具をそのまま持ってきて、少しずつ買い足すなり買い換えるなりする予定にしている、そんな私には嬉しいプレゼントだった。
「ありがとうございます。大切にします。」
早速、リビングに置くと、それはずっと前からそこにあったかのようなしっくり感。そして自分の好みに合った物だった。それにひきかえ、山下がくれた花束。公演やドラマのクランクアップのたびに花をもらう人には分からないのかもしれない。私は切り花を飾る習慣がないのだよ。花瓶がない。なのに花束は馬鹿でかい。山下が抱えていると見栄えのする花束が、私の手元に来ると少しランクダウンした感じがして申し訳なさすら感じる。早急に花瓶を買うことを宣言し、謝りながら取り急ぎ乱暴にバケツに突っ込んだ。
「今日の仕事は何時からですか?」
明日の朝まで仕事はないという。
「それなら、ランチにお酒出しても大丈夫ですか?」
運転を任されている山下さんは少し恨めしそうな顔でうなづいた。
山下はもみじが可愛くてたまらず、ずっと一緒に遊んでいる。
犬はエサをくれる人と遊んでくれる人が大好きだ。
山下が嬉しそうにしているのが、もみじも嬉しい。
きっとそのうち尻尾がちぎれてしまう。
「広島生まれだから『もみじ』って、安易だなぁ。おまえ、広島生まれでよかったよ。京都出身だったら『八つ橋』になってたぞ。」抱き上げて話しかけている。
そんなバカな。少なくとも「牡蠣」は名前の候補になかったもの。
「メイ、もみじが愛媛の子だったら、『みかん』になってたのか?」くだらないことを聞いてくる。
「愛媛だったら『じゃこ天』かな。」
「メイのネーミングセンスひどいな。」出来上がったランチをテーブルへ運びながら山下は大笑いしている。確かに、五月生まれの私をさつきと名付けた親にその辺の安直さは似ているのかもしれない。
お客さんが来るからといって、目新しい物が作れるわけでもなく、和食を何品か並べて、日本酒とビールを出した。
「自分の家かぁ。考えたことなかったな。」
私よりずっとたくさんのお金を持っている山下がポツンとつぶやく。会社が借りてくれている高級マンションに住み、何の不平不満もないのだろう。家を持った私は仕事という基盤が揺らいだ時にどうなるのかが毎日不安で仕方なくなった。山下も仕事がなくなれば、高級マンションから追い出されるのにそんなこと想像すらしていないようだ。安泰でなにより。そして、お箸をちゃんと使えている。
「熱い・・・。」
遊び疲れて山下の足元で眠るもみじの体温で、ほろ酔いの山下も眠そうな顔になった。
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