第19話 新築一戸建て

 念願の一戸建てを買った。


 いろんな意味で長い道のりだった。家を買ったら嫌な仕事もおいそれとは辞められない。頭金を十分に用意したとはいえ、未来永劫続くような気がしてしまう住宅ローン。そして、両親。

「女が家なんて買うもんじゃない。実家があるんだから、一人暮らしだってする必要なかったのに。結婚する時どうするんだ。」

結婚するつもりがさらさらないことを伝えようものなら、無駄に話が長くなるので、私は最後まで一言も発することなく、親の文句を聞き流し続けた。買おうと思っているのではなく、もう買ってしまったのだから、両親が今からいくら文句を言ったところでどうしようもない。最後に母親が吐き捨てるように言った。

「あんたは本当に可愛げがない。誰にも頼らずいつも一人で全部やってしまって。」可愛げ、なくて結構。最高の誉め言葉だ。


 少しだけ通勤時間が長くなる郊外に、一人ではもったいない広さの土地を買った。

そこに、身の丈にあった大きさの家を建てた。そして、犬を飼い、バイクを買った。

余った土地で家庭菜園も出来るし、工房を作ることもできる。今のところ農業にも陶芸にも興味はないけど。250ccのバイクを置くだけでは広すぎる庭に、仔犬を放してみる。喜んで走り回ってくれるところを想像していたのに、私から離れず鼻を鳴らしている。


「外を歩かなくても君にはこのスペースで散歩は十分だね。」

生後3ヶ月のパピヨンに話しかけ、名前を決めていないことに思い当たった。

血統書を開くと、出生「広島県」となっている。

「新幹線でここまできたのか?」言葉が通じるはずもなく、ご機嫌で尻尾を振っている。広島ねぇ・・・。

その日から私の家族の名前は「もみじ」になった。


「引っ越したよ。」

まだ、片付けが忙しかったのでメールをしたのに、山下から折り返しの電話がかかってきた。


「なんで?どうして?どこに?」

ちゃんと、メールに新しい住所を書いたのに。そして、なんで?とどうして?は同じ意味だ。想像するに友人は会いたい時に会える距離にいて欲しいということなのではないだだろうか。そうではなくなってしまった長岡君の話題が今でもよく出てくる。山下自身、仕事で海外に長期滞在することもある。時々電話して時々食事する程度の間柄なのに、自宅が離れるとそんなに困るんだろうか。


「やっと買った。前から話してたでしょ?いつか自分の家が欲しいって。」


「そうかぁ。おめでとう。お祝い何がいい?お届けがてら、遊びに行っていい?」

今まで山下を家に招いたことはない。山下の家に行ったのだって、風邪の看病をしに行った時一度だけだ。人を招くのも招かれるのも、そして料理も得意ではない。なんとなく面倒な話になった。かと言って、山下のテンション、断れる雰囲気ではない。


足元でもみじがお腹を空かせてクーンと鳴いた。

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