第18話 アンチエイジング

 山下には同窓会がない。


 一応、高校を卒業してはいるが、ほとんど通学していないから、同級生との付き合いがない。だから、同窓会があってもお知らせが来ないし、来ても行かない。そんな状態の本人には自覚がないだろうけれど、世間の同じ年齢の男性と山下は全く外見が違う。同窓会に行ったら浮いてしまう程に。


 私の周りにいる山下と同じ年の男は皆、疲れ果てている。心も体も。それが全部見た目に現れる。薄毛、白髪、肌荒れ、肥満。毎日体のどこかが痛い。いわゆる「おじさん」。その要素が山下にはほとんどない。均整のとれた体、シミのない肌、整えられた爪。控えめに言っても10歳くらいの年齢差があるように見える。もちろん、努力もしているはずだけれど、常に人に見られる仕事をしていることの恩恵だと思う。私も結婚をせずに自由に生きた分、世間の女性より若く見えると言われることが多いけれど、山下の外見と実年齢のギャップは芸能人特有のものだ。それでも、寄る年波には勝てないのか、最近はしきりに頭髪を気にしている。


「生え際が気になる。」

本人には切実な問題なのかもしれないが、私にはどうでもいい。確かに「元アイドル」のポジションと俳優さんのポジションは微妙に違う。ある程度の年齢になっても、かっこいい人として役が割り当てられる。全力で生え際がバックしてしまった場合、かなり仕事が限られてしまうのかもしれない。薄毛でくたびれたサラリーマンを演じるプロフェッショナルは山のようにいて、今から山下がその領域に入れてもらえるとは思えない。私も白髪が増えてきたけど、それが仕事や生活には影響しない。髪型や自分のフォルムを気にしない元気なおじさんも私の周りにはいる。だからこそ、若い女の子が必死でダイエットするようなテンションで悩んでいる姿にイマイチ共感出来ずにいる。


「仕事に影響するの?」

「そりゃそうだろ。ミュージカルとか時代劇なら必ずカツラがあって、なんとかなるんだろうけど、コマーシャルとか現代ドラマの仕事に響くだろ?」

そんなことも分からないのかという口調だ。山下はダンスはそこそこできるけど、ミュージカルに呼ばれ続けるほど歌が上手くない。山下を観たくて集まった客ではなく、真のミュージカル好きな人々からはちょっと疎まれてしまうかもしれない。アイドルとミュージカル俳優は発声方法が違う。


「首すじのシワも気になる。」

そうやって、山下は自分の外見を悪く言うようになった。今までこんなところにシミなんかなかったのに、とかそんなこと。世の人間がみんな通過し受け入れている現実を何とかしてなかったことにしたいらしい。


「いい物見せてあげる。」

そんな女々しい山下に説教よりも利きそうなアイテムを差し出す。

初めて会った時の、山下が泥酔する直前に何人かで撮った集合写真。

「ね?私も山下も歳を取るんだから、そんなにグズグズ言ったって仕方ないでしょう。仕事ない人もいるんだから、有難いと思って受けないと。それかきっぱり諦めて起業でもするか?」

今よりだいぶ若くて少し太っちょの私と、ピカピカのアイドルだった自分の写真を見て、山下はちょっとだけ笑った。


「そうだな。懐かしいなこれ。」


角がボロボロになった状態で手帳に挟まっていた写真。なぜ私はこんなに長い間、この写真を持ち歩いているんだろう。

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