第17話 相合傘
競争の激しい世界で、山下はきっと勝ち組なんだろう。
年齢を重ねてもなお、年齢に相応しい仕事の依頼が届き、コツコツとこなしている。そこそこの知名度が仕事の単価を上げているが、毎日テレビで見かける顔ではなくなった。
久しぶりに二人で食事。ちょっと落ち込んでいる。理由は私と長岡君が別れたから。当の私本人はとっくの昔にけろっとしているのに。
「お似合いだったのになぁ。」
「結婚と恋愛は違うって。私はどんなに人を好きになっても、仕事や生活のペースを変えることを強要されたら絶対に一緒になれない。山下は愛する人に求められたらあっさり仕事辞められるか?」
「メイの言うことは分かるんだけどさぁ。」
山下はただ寂しい。長岡君の実家は新幹線で1時間ほどのところにあって、今までのようにおいそれと会うわけにはいかない。お互い仕事もあるし、スケジュールが合わせにくくなった。旅館に行くことが出来ても彼は仕事中で、一緒にお酒を交わすわけにいかない。気持ちに関係なくお腹は空くようで、喋りながら箸は進んでいる。
「一度、山下さんに許可とって、みんなで長岡君の旅館に泊まりに行く?」
私のこの感覚に、また山下がついてこれない。
「別れた男と普通に会えるの?」
「元々、仕事仲間で友人だった人が彼氏になって、また友達に戻っただけ。長岡君にお嫁さんが出来て、その人がめんどくさいほど嫉妬深かったら、もう会わないけど、それまでは友達関係は続くんじゃないかな。」
「そんなもん?俺は別れた女と友達としては繋がってない。」
「私って、変なのかな。山下が結婚しても私は友達でいるつもりだよ?」
「俺が結婚・・・。」
この辺の価値観は私とよく似ている。山下は自分が結婚した状態を上手く想像できずにいる。若い時にみんなの彼氏であり続けることが仕事だった。世の女の子達の疑似恋愛の対象。法で禁じられてはいないけれど、いわゆる「適齢期」とされる時期に結婚するのはタブーだ。もちろん私生活を優先して結婚する人もいる。途端にファンが減る人や、仕事が減る人のニュースを何回も見た。天地がひっくり返っても自分が結婚できる可能性なんてないのに、歩道に座り込んで泣いているファンの人たち。みんなの物だった人が急に誰か一人の物になる、それが許せないのかファンクラブを退会する人々。私にはその心理がよく分からない。とにかく何を選んでも、自分で決めたことならそれが正解だと思う。山下は結婚しない方を選んでいる。
「今までに結婚したいと思った人いないの?」
「いないことはない。」
そりゃそうだろうね。私もいつかそんな気持ちになる相手と出会うんだろうか。
山下はまるで自分が長岡君と別れたかのように、本当に寂しがった。たくさん飲み食いする姿は失恋女のやけ食いみたいだ。つられて私もたくさんお酒を呑み、いつもより長居をしてしまった。店を出るときには雨が降っていた。天気予報でそんなこと言ってなかったのに。
「じゃ、また。駅まで走るから。」
と店の前で手を振った私に開いた傘が差しだされる。
「送る。」
山下はわりと背が高い。せっかくの傘が私にはあまり役に立たないところで開いている。
「ちょっと、誰が見てるか分からない。」
急な相合傘に慌てた私と視線を合わせることなく、山下は言った。
「大丈夫。もう誰も見ていない。」
確かにすれ違う人たちも、全く山下に気づいていなかった。気づいていても関心がないのかもしれない。こうやって年を取っていく。横顔が少し寂しそうで、
「もう一度、アイドルに戻ってみたい?」と聞こうとして言葉を飲み込んだ。
「また、舞台に立つ仕事がしたいな。」独り言のようにつぶやいた。
「お客さんの反応が直接伝わってくるもんね。」
私の相槌にやっと山下が笑顔を見せた時、駅前に着いて傘は閉じられた。
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