第16話 プロポーズ

 長岡君にプロポーズされた。

旅館の御曹司は家業継承のため、実家に戻る事になり、会社を退職した。まさか私との結婚を考えているなんて、想像していなかった。


 「私は旅館の女将にはなれないよ。」


 長岡君はいい返事が聞けるとしか思っていなかったようで、落胆というよりは慌てているようだった。


 「やってみないと分からないよ。」


 まるで、結婚は決まっていることだと言わんばかりに、軌道修正しようとして語気が荒くなる。こんな長岡君を見た事がない。


 「やってみてダメだったら、物凄く面倒なことになるし、私は今の会社を辞めるつもりないよ?」


 これでも、自分の人生設計いろいろと考えている。長岡君がそろそろ実家に戻ろうとしているのと同じように、私もそろそろ賃貸のボロアパートを出て、家を買いたい。犬を飼って、バイクに乗る。誰かと一緒に生活するという選択肢がない。


 「じゃあ、僕はどうしたらいいの?」

女将さんに、嫁候補と帰郷するとでも話してしまったのか、無理難題が飛び出す。それは自分で決めてもらうより他ない。


 「それは長岡君が自分で決めることだよね。長岡君の実家の旅館で若女将をしないことは、私が自分で決めた。」理詰め女と天然お坊ちゃま。手には指輪と思われる小さなプレゼントが握られている。その手は小さく震えていた。


 「まさか、こんなこと・・・。」


 完全に動揺した彼は、食事の途中でお別れの言葉もなく、帰ってしまった。私は長岡君に対しても、他の客の視線に対しても動じることなく、一人で食事を続けた。さっきまで彼が座っていた場所に、行き場を失った指輪がポツンと残されている。


 「置いて行くか?」


 きっと、高価な物だろう。そう考えると、せめてこれを買ってしまう前に私から別れを切り出せば良かったと少し申し訳なく思う。きちんと箱に詰めて、何のメッセージも入れずに旅館に送った。それっきり。一応、共通の友人である山下には連絡を入れることにした。


 「別れた。実家に戻って旅館を継がなきゃいけないからって会社辞めたよ、長岡君。」


 「えー!?」

ちょっと携帯を耳から離した方がいいくらいの大声が返ってきた。


 「メイ、なんて旅館だっけ?俺、遊びに行ってもいいのかな。メイと長岡君が別れても、俺と長岡君は友達でいいんだろ?」


 心配のポイントがちょっとずれてる気がして、これでも一応失恋した女だけれど、ついつい笑ってしまった。


 「もちろん。山下と長岡君の交友関係が終わるわけじゃない。何かあったら相談にのってあげて。」旅館の名前と電話番号を伝える。優しい人だ。業界人ってもっとすれていて、冷めていると勝手に思っていた。

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