第15話 世代交代
時が流れ30代半ば、40歳という年齢が見えてくる頃には、当たり前だが次の世代の若者達が世に出てくる。いつの間にか、山下の半分くらいの年齢の男の子たちがたくさん事務所には所属するようになっていて、彼らは続々とデビューした。昔のように音楽番組が多くない現在、関心がないアイドルの顔を認識するのは難しい。
ファッションもそうだけれど、顔にも流行がある。男らしいというよりも、「可愛らしい」という表現が合いそうな、私に言わせれば「なよっとした」感じの男の子たちがテレビの中で歌って踊っている。大勢の中でたまに記憶に残る顔は、クイズ番組やら、情報番組やら、とにかくいろいろ出させられている子。それでも名前までは覚えられず、歳を取ったなぁとしみじみ思う。
そういえば、山下から連絡が来ることが多くなってきた。
昼も夜もなく働かされる時期は終わった。どんな仕事をしていても同じ。長い間きちんと真面目に働いていると、スキルは上がるし、知識も増える。人から信頼されるようになるし、いろいろ融通を利かせてもらえるようにもなってくる。いつの間にか山下はそんなポジションになっていた。私にもいつの間にか役職がついている。日々の生活のレベルを落とすことなく、無理をしないで済む範囲で、山下は選んで仕事をするようになっていた。それが許される立場になったというのが正しい表現かもしれない。
「薄利多売」
忙しかった頃のことを、山下はそんな風に形容した。
「コンサートって、すごい数のスタッフさんがいて成り立ってる。それも、音響とか照明とか、特殊な技術を持っている人たち。そんな人にお給料を払う、会場を借りる、とんでもないお金がかかる。チケットが売れるだけだと利益がほとんど出ない。ツアーグッズやCDが売れないとどうしようもない。」
「へぇ~。」
チケットが完売しても元が取れないとは全く知らなかった。確かにセットや照明、そんな物の単価を心配したことがない。
「時給500円以下だった時期もあるんだぜ」
時給??
「振り込まれた給料を計算したことがあるんだよ。そりゃ確かに一般企業に勤める人に比べたら破格の金額かもしれない。でも休みが一日もなくて、睡眠時間もとれない。そんな労働時間で割ってみたら、時給500円を切っていた。それでも働き続ける必要があったんだよなぁ。自分を商品として売るために。」
ほぇ~。今の時代にアルバイトの時給が500円だったら法律にひっかかるんじゃないだろうか。最近の山下は、コマーシャルやドラマの脇役をコツコツとやっている。山下を推す人ではないたくさんの人達の目に留まる仕事。
「やっと、俺の単価が上がってきた」山下が言う。
「出張ってさつきもあるだろ?コンサートってそんな感じなんだ。タイトなスケジュールの出張。睡眠は移動中のみ。会場まで無意識状態で運ばれてリハーサルして本番。終わったらとんぼ返りでテレビ出演。どこにあるなんていう名前の会場で歌ったのか、正直覚えてない。今は、映画の舞台挨拶で地方を訪れても時間に余裕がある。地元の美味しい物を食べたり、観光したり出来るようになった。」
初めて会った時、全国を巡っているのにホテルから出られないってそういえば言ってたな。時間に余裕が出来れば、心にも余裕が出来る。推されながら追われるように生きて来た山下が少し穏やかな時間を手に入れられるようになって、私は嬉しかった。
「何が美味しかった?」
「辛子レンコン。」
いろいろ食べる機会があるのに、迷いなく返ってきた答えがわりと渋くて笑ってしまう。
「旅行に行ってみたいな。」
確かに出張=旅行ではない。
「休暇を取って、旅行がしたい。」
「いいじゃん。山下さんに頼んで休ませてもらいなよ。」
山下がどこかを誰かと旅する、そのメンバーの中に自分がいる場面をぼんやり想像した。
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