第14話 職場見学

 山下から、茶封筒を渡された。今時、茶封筒って。

中身はコンサートのチケットだった。


 「一度、メイにも観に来て欲しくてさ。」

本心を言わせてもらえるならば、興味がない。でも断る理由もない。そんな私の心を見透かしているのか、渡されたチケットは2階席のすみっこだった。


 「長岡君と一緒に来て。」

あのお坊ちゃまを女の子がキャーキャー言ってるコンサートホールに連れて行って大丈夫なんだろうか。いろいろ想像すると、気持ちはありがたいけど行くことには不安しかない。


 当日、すちゃらかなお嬢さんが集う会場の一番端に、二人でわりときちんとした格好をして座った。


 「似てるなって思って、今度会った時に言おうと思ってたんだ。」

ツアーパンフレットの写真を眺めながら、長岡君がつぶやく。ほとんどテレビを見ることがなく、男性アイドルなんて全く関心がない彼は、最近たまたま観たコマーシャルに山下そっくりの人が出ていたから、「似てるね。」って言おうとしていたらしい。今まで、何度となく食事を共にしてきた友人がアイドルだったことに驚いている。私は私で、自分の彼が西園寺という同年代の人に周知されているアイドルを回避して生きてこられたことに驚いている。雑誌記者と話をしたときに「友人の山下さんです。」と紹介したのを思い出す。本当に「山下」という人だと思っていたんだ。


 山下が長岡君と一緒に来てと言う理由が分かる気がした。タレントとしての自分を知ってか知らずか、一切特別扱いせず、変な緊張感もなく、同じ時を過ごせるのが心地よかったんじゃないだろうか。


 会場が真っ暗になると、幕が上がってもいないのに、歓声が沸き起こる。後ろからの照明で全員のシルエットがステージに浮かび上がると、一曲目からすごい盛り上がり。山下のソロパートで隣の女の子が泣いている。決して歌が上手なわけではないのに。


 「友達が、コンサートに出るって変な感じだなぁ。」

反対側の隣では、全く盛り上がらない長岡君のごもっともな意見。友人で会社を起業した人や、大学の講師になった人がいても、学生時代に出会ってしまったのだから、その人たちの今の偉さは関係ない。集まった時のあだ名が「社長」とか「教授」になるだけ。山下しかり。彼はアイドルではなくて友人なのだから。オーラも何もない。ただの仕事中。


 事前にどうしてもと言われていなかったら、まっすぐ帰っていたところだけど、二人で楽屋に寄った。手土産はデパートのプリン。


 「お疲れ様。よかったよ。チケットありがとう。」


 衣装を脱ぎ、疲れ果てて干物のようになっているアイドルたちがそこかしこに横たわっているのが、コンサートそのものよりも現実的で面白かった。みんなただの社会人だ。

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