第15話 尾行
「メイ、この前は悪かったな。」
山下からの電話。
「それはいいけど、何なんだろうね、あの不躾な態度。本当に腹が立つ!」
職業柄、一般人を変なトラブルに巻き込んだと心配していた山下だったが、私が怖がっておらず、記者に怒っていることで少しだけ安心したようだ。
「ちょっと集まるの控えよう。」
「山下、肉食べに行こう。」
全く違う意見が同時に声になる。
「え?メイ、何が起こってるか分かってる??」
「いいから、肉食べに行くぞ。迷惑かけたと思ってるんなら奢ってくれる?」
あまり乗り気そうではない山下と一緒に、数日後焼き肉屋を訪れた。多分、どこかであの記者が見ている。怒りに任せて私はとんでもない量の肉を食べ、酒を呑んだ。山下も途中から吹っ切れたのか、楽しそうに食事をしている。帰りはいつも通り店の前で別々のタクシーに乗る。
山下と会うのは多くて月に一度くらい。二人だけの時もあるし、大勢の時もある。翌月は長岡君と三人で会った。そんな時は私と長岡君が同じタクシーに乗って帰る。当たり前だが、記者が狙っているようなお泊りデートもないし、長岡君と腕を組むことがあっても、山下と手を繋ぐことはない。
「全部、きちんと見ろよ。」
そう思いながら、山下とは今まで通りの付き合いを続けた。
私の友達は山下だけじゃない。他の友達とも集う。そして、その集まりで女性が私だけなんてパターンもしょっちゅうだ。私をマークしているなら、1ヶ月も経たないうちに交友関係が分かってくるだろう。
結局、何ヶ月が経っても私と山下の件は記事にならなかったようだ。私はそんな雑誌買わないけれど、もし写真が載っていたら、ケーキと同じくらい噂話が好きな職場のお局達が黙っているはずがない。山下さんが何か動いてくれたのかもしれないし、記者が諦めたのかもしれない。本当のところは何も分からずじまいだが、自分の友人は業界人なのだと改めて痛感した。
「プライベートがない生活ってしんどそうだな。」
ほとぼりが冷めた頃に、メールをしてみた。
「自分で選んだ道なんだけどね。」
そんな書き出しで始まったメールは切実だ。
「お金がたくさんもらえて、キャーキャー言われる。自分で望んで、いざそうなってみて初めて、失ったものの大切さに気付いた。でも、お金って怖いな。今全てを手放して、プライバシーが守られた生活が手に入ったとしても、6畳一間のボロアパートで暮らさなきゃならないなら、今の生活の方がいいと思っちゃう。」
一間でこそないけれど、ボロアパートでお気楽に一人暮らしをしている私には、ちょっと理解しがたい世界。私も巨万の富を手に入れたら、同じことを考えるんだろうか。そして、もっともっとお金が欲しいと思ってしまうのだろうか。手元にある現金で買える物だけを手に入れ、予算オーバーの物はきっぱり諦めるか貯金をしてから買う。ローンを組んでまで買っていいのは家だけ。そんな今の生活が身の丈に合っている。こんな私は山下の目にどんな風に映っているんだろう。
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